第69話 女神


「今を統べる女神、リスカ・クィン・アジャーニの名をもって宣言する。
我が女神の名を今此処に捨て、新たな女神となる者、
マゼンタ・サウスファイアを次代の女神として任を明け渡す事を、此処に宣言する」

朗々としたリスカの声が、聖殿に響き渡った。
豪奢な装飾の付いた冠を、ひざまずいたマゼンタの頭に乗せる。

「……そのお役目、謹んで受け賜わります」

神妙に、マゼンタは答える。
簡素ではあったが、神聖な女神の戴冠式が行われた。
女神としての全ての力はマゼンタに明け渡され、正式な女神として認められる儀式だ。
そうして新たな女神となったマゼンタには、最初にやらねばならない事がある。
――――さきほど決められた、女神の力の返上だった。



「力を受け継いでおきながらすぐに返上する、ってのも変な話よねえ」

そんな事を言いながら、マゼンタは聖殿の奥に向かっていた。
他の面々は聖殿の外に残してある。
何かが起きた場合、安全と思われる場所から対処して貰う手筈になっていた。
そうして辿り着いたのは、小さな祠の前。
両手でも包みこめない程の水晶が置かれただけで、他には装飾らしい物もない。

「天界の意志とやらに恨みは無いけど、あたし達は、あたし達の意志で天界を守っていくわ。
だから、悪いわね」

ふ、と笑って、マゼンタは掌に力を込める。
意志を発する様に、きらりと水晶が煌めく。
マゼンタは心を決めた。

「これがあたしの、答えだ」

決意の一言と共に、マゼンタは水晶に掌を叩きつけた。
瞬間的に、水晶から眩しい光が溢れだした。



祠へと続く扉から光が漏れだしたのを見て、周囲がざわめく。
それを眺めて、リスカは目を細めた。

「全ては最初から決まっていたのかも知れんな……」
「それは、あたしたちの行動が全て無意味だった、って事かしら?」

からかうような口ぶりで、紫が言う。
リスカは小さく笑った。
そうしている間にも溢れだした光は聖殿を包み込む。
それでも止まらずに光は広がり続け、何処までを包んだのか分からないままに突如、弾けた。
思わず目を覆っていた皆が腕をどかした時、聖殿にはマゼンタの姿があった。

「……終わった様だな」
「そうね。でも、これが終わりじゃ無い。これからが本当の始まり」
「そうだな」

リスカは、そう呟いて目を閉じた。
その光景を遠巻きに眺めていた白羽が、ぽつりと呟く。

「天界の事は分からないけど……これで、本当に良かったのかな」
「それは分からないけど、でも、きっと信じないと駄目なんだと思う。
信じて、前に進むしかないんじゃないかな。だったら、私は信じるよ。皆の事も、自分の事も」
「うん、そうだね……誰も、悪くなんてない。ただ、自分の信じた道を生きて来ただけ、なんだよね」

ぽつりと呟いた白羽の一言は、このひとつの事件を端的に表していたのかも知れない。



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