第69話 女神 「今を統べる女神、リスカ・クィン・アジャーニの名をもって宣言する。 我が女神の名を今此処に捨て、新たな女神となる者、 マゼンタ・サウスファイアを次代の女神として任を明け渡す事を、此処に宣言する」 朗々としたリスカの声が、聖殿に響き渡った。 豪奢な装飾の付いた冠を、ひざまずいたマゼンタの頭に乗せる。 「……そのお役目、謹んで受け賜わります」 神妙に、マゼンタは答える。 簡素ではあったが、神聖な女神の戴冠式が行われた。 女神としての全ての力はマゼンタに明け渡され、正式な女神として認められる儀式だ。 そうして新たな女神となったマゼンタには、最初にやらねばならない事がある。 ――――さきほど決められた、女神の力の返上だった。 * 「力を受け継いでおきながらすぐに返上する、ってのも変な話よねえ」 そんな事を言いながら、マゼンタは聖殿の奥に向かっていた。 他の面々は聖殿の外に残してある。 何かが起きた場合、安全と思われる場所から対処して貰う手筈になっていた。 そうして辿り着いたのは、小さな祠の前。 両手でも包みこめない程の水晶が置かれただけで、他には装飾らしい物もない。 「天界の意志とやらに恨みは無いけど、あたし達は、あたし達の意志で天界を守っていくわ。 だから、悪いわね」 ふ、と笑って、マゼンタは掌に力を込める。 意志を発する様に、きらりと水晶が煌めく。 マゼンタは心を決めた。 「これがあたしの、答えだ」 決意の一言と共に、マゼンタは水晶に掌を叩きつけた。 瞬間的に、水晶から眩しい光が溢れだした。 * 祠へと続く扉から光が漏れだしたのを見て、周囲がざわめく。 それを眺めて、リスカは目を細めた。 「全ては最初から決まっていたのかも知れんな……」 「それは、あたしたちの行動が全て無意味だった、って事かしら?」 からかうような口ぶりで、紫が言う。 リスカは小さく笑った。 そうしている間にも溢れだした光は聖殿を包み込む。 それでも止まらずに光は広がり続け、何処までを包んだのか分からないままに突如、弾けた。 思わず目を覆っていた皆が腕をどかした時、聖殿にはマゼンタの姿があった。 「……終わった様だな」 「そうね。でも、これが終わりじゃ無い。これからが本当の始まり」 「そうだな」 リスカは、そう呟いて目を閉じた。 その光景を遠巻きに眺めていた白羽が、ぽつりと呟く。 「天界の事は分からないけど……これで、本当に良かったのかな」 「それは分からないけど、でも、きっと信じないと駄目なんだと思う。 信じて、前に進むしかないんじゃないかな。だったら、私は信じるよ。皆の事も、自分の事も」 「うん、そうだね……誰も、悪くなんてない。ただ、自分の信じた道を生きて来ただけ、なんだよね」 ぽつりと呟いた白羽の一言は、このひとつの事件を端的に表していたのかも知れない。 |