第67話 聖殿


紫が向かったのは、天界を支える力が働く聖殿だった。
後を追う様にして辿り着いたリスカに向けて、紫は静かに口を開く。

「女神の座を、あたしに譲ってほしいの」

突然の告白に、リスカは言葉を失う。
紫は続けた。

「あたしの目的は、女神という存在の消滅。
このままでは、現在の女神である貴方も消えてしまうかもしれない。
それは、あたしの本意では無いから。もし消えるのなら、それはあたしで良い」
「何を言う、そんな事が認められるか……!」

リスカの叫びは、広々とした聖殿に響き渡る。
その会話を耳にした朱華は、思わず叫んでいた。

「そんな……どうして……っ! どうして、先輩がそこまでしなきゃならないんですか!!」

プラムという名を持つ少女の涙が、未だに頭から離れない。
彼女を、悲しませるべきではない。
ただ、そう思った。
同意する様に頷いて、マゼンタもハッキリと言い切った。

「そうよ! 存在を犠牲にしてまで女神を消すなんて……そんな事、させるもんですか。
あたしが、そんな事は許さない!!」
「そうですよ! 妹さん……プラムちゃんも、先輩の帰りを待ってるんですよ!?」
「これは、ひとりで先を急ぐ問題ではない筈です。すぐにどうにかなる訳でも無い。
まだ、皆でどうするべきか考える時間は残っているんじゃありませんか?」

畳みかける様に、白羽が言う。
白羽にしがみつくシルクの細い指に、力がこもった。
震える体をそっと抱き寄せて、白羽は囁く。

「大丈夫。そんなの、私が絶対に止めてみせるから」
「シラハ……」

見上げて来る大きな瞳が、不安に揺れていた。
それに、白羽は大きく頷いて見せる。
大丈夫だ、と勇気づける様に。
それを受け止めた上で、蒼斗も思いを口にする。

「どれが最善の策かはまだ見えませんが、これだけ人数が揃っているんです。
何かしら良い案が生まれるのではないかと思いますが」

それに続く様に、アクアも言葉を連ねた。

「その通りだわ。貴方の行動にも信念や意味があるのは分かるけれど、それが全てじゃない。
私達は言わば巻き込まれたのと同じ。だから、私達にもこれからを考える権利があるわ。
自分でこの事態を招いておいて簡単にフェードアウトするなんて、自分勝手すぎるんじゃないかしら。
それが正しい道だなんて、誰が決めたと言うの? 私は、認めない」
「正直、極論過ぎる考えではありませんか?
妹を守る為に険しい道を選んだ貴方が、妹をあっさりと手放すなど」
「覚悟なんて、最初から出来ているわ。こうすると、決めたあの時から」
「そんな覚悟など、要らない」

呟く様に、シルヴァーが声を発した。

「女神になる為、私は生きて来た。通例とは事なる闘いの場を与えられても、迷わなかった。
悩んだ事など……無かった筈だ。これが正しいと、そう思っていた。だから、此処まで進んで来た」

独り事の様に呟いて、シルヴァーは前を見据える。
憧れを抱いて来た、紫の姿を。

「私は貴方を追い求めて来た。姿も知らぬ孤高の存在に、一歩でも近付く為に。
しかしこうして拝見する貴方は、私が憧れた女神の姿では無い。
これが女神だと言うのなら、私が此処までして来た事は全て無駄な事だった」

それは、彼女が初めて表に出した、本心の吐露だった。
それぞれの思いが、それぞれの言葉に表れる。
それが届いたのか否か。
紫が、呆れたように息を吐き出した。

「本当に、皆は甘いわね……でも、嫌いじゃないわ。そういうの」
「では……!」
「貴方達の言う様に、皆の意見を聞いてあげましょう?
ただし、私の意思は変わらない。それだけは忘れないで。
有益な道が示されないと分かった時は、迷わず私は自分の目的を遂行するわ。
その時こそ、貴方達は私を止めない事を条件としても良いのなら、ね」
「……いいでしょう」

ひとまず紫が譲歩した所で、話がまとられる。
そうして、別の場所で話をする事になった。

「何が最善か……本当の事なんてきっと、誰にも分からない……」

聖殿を後にする前、紫がぽつりと呟いた声は、周囲にまでは届かなかった。
それは、迷いだったのかもしれない。



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