第65話 孤独な王 「リスカ様……! 何処に行っておられたのですか!!」 駆け寄ろうとしたコーラルを手で制し、リスカは穏やかに微笑んで見せた。 「心配を掛けてしまったな。だが私は大丈夫だ。これは、私の意思でもあるのだから」 「どういう事か、説明して頂けますか?」 碧が前に進み出て、言葉をぶつける。 「僕は貴方の命で彼女――――品川紫を監視していました。 その彼女と貴方に裏で接点があった事が、納得出来ません」 「だろうな」 その発言は至極当然とでも言う様に、リスカは言う。 そうして彼の求めるままに、説明を口にする。 「そもそも、私は監視を目的としていなかった。ただ、行動を把握する為だけに、命を下した。 その動きに沿った行動を、私が起こせる様に」 「では最初から、僕は偽りの使命を受けていたという訳ですか」 「そういう事になるな。……私達の目的は、女神という存在意義を変えること。 女神は天界の為に力を使い、その身を削る。そうして世界に身を捧げる事に、疑問を感じたのだ」 「身を削る……? ではまさか、リスカ様のお姿が以前よりお若くなられたのは」 勘付いたコーラルが呟く。 リスカは小さく頷いてみせた。 「力の反動、という事なのだろう。現に、私に残されている女神の力は、あまり多いとは言えない。 普通に考えれば、次代の女神を立てる事を必須とする頃合いだ。しかし、私は同じ道を歩む者を生む事を望まない。 だから、通例とは違う手段を取った。私達の行動が実を結ぶ為の時間稼ぎとして」 「それじゃあ何の為に俺達は地上に降りたって言うんだよ! 何の為に、こいつらは闘いなんてしてたんだ!!」 ダークが叫ぶ。 彼らにも、全ては知らされていなかったのだ。 闘いも、審判も、全ては見せ掛けと言っても過言ではない。 そんな時でも、レイは平静な様子を失わない。 「この闘いで勝者が決まっても、女神となれるかは不確定だったと捉えて良いのでしょうか?」 「……そうなるな。皆には、悪い事をしたと思っている。だが、身を犠牲にする必要など無いのではないか? 身内にさえ情をかける事も無く、世界の為だけを思えというのは、あまりにも横暴すぎる」 「だから、あたしは消すの。天界という世界に縛られた、女神という存在を」 それが先代の、そして今の女神が望むこと。 全ての行動の動機であり、そして願い。 「お願い、もう止めて……! お姉ちゃん!!」 プラムが叫んだ。 唐突にその場に居合わせた彼女には、おそらく状況は把握できていない。 しかし自身の姉が何か大きなことをしようとしているのは、理解出来たのだろう。 けれど紫がそこで立ち止まる事はなかった。 「……ごめんね、プラム」 それだけを言い残して、紫は再び身を翻す。 それに続く様に背を向けたリスカの腕を、コーラルが咄嗟に掴んだ。 振り向きもせず、リスカが言う。 「離せ、コーラル」 「嫌です! 何と言われようと、この手を離したりしません!! リスカ様!!」 「貴方のお気持ちは良く分かります。ですが、今なさろうとしている事が正しいとは限らないのですよ?」 コーラルに続き、グレイも女神を引き留めようと試みた。 しかしこれだけの事を計画しただけあって、彼女の意志も固い。 「例えそうだとしても、やらなければならない。決めた事だ。 我々は等しく同じ目的の為に進んでいたはずだった。 けれど、彼女にはまた違った目的があったようだ。 私は、本当の意味で彼女の事を理解していなかったのだよ……」 悲しげに呟かれた声に、後悔の念が滲む。 「天界を揺るがす行為に加担している以上、私も……いずれ裁かれるやも知れんな」 「リスカ様……」 「だが、それも良い。それでも、私は間違った意思を持ったとは思っていないからな。 罰ならば、喜んで受けよう。全て、終わった後でな。 だが、それにお前達を巻き込むつもりは無い。だから離してくれ」 「それでも、貴方の傍を離れるわけにはいかないのですよ。貴方は私達がお守りするべきお方なのですから」 「グレイの言う通りです。我々には、リスカ様をお守りする義務があります」 強い意思に、リスカの表情が幾分か和らぐ。 「……まったく、お前達という奴は頑固だな。 どの道、私は彼女を追わねばならん。共にゆくというのなら、納得してくれるか?」 「お傍に置いて頂けるのであれば。リスカ様をお守りする事が私の役目ですから」 「グレイ、お前もそれで良いか?」 「……はい」 「そうか。ならば、行こう」 ふたりの納得を得られた所で、リスカは紫の後を追った。 残された者達は、どうするべきか悩むばかり。 「皆さんはどうするんです? 追いますか? 諦めて全てを待ちますか?」 碧が、まるで傍観者の様に言う。 事実、彼は傍観者なのだろう。 その言葉からは、自身が追う気が無い事を感じさせる。 「諦める? 馬鹿な事を言うな」 「そうね。女神と先代が望んだ事であったとしても、素直に従うつもりなんて無いわ」 「女神がいなくなったら、みんな寂しいと思う。みんなが悲しいのは、嫌だよ……」 「じゃ、ここから先は自己判断よ。それを踏まえた上で、急いで追いましょ!」 女神候補者達が、次々と言葉を連ねる。 それに、朱華も手を上げた。 「私も行きます! 何が出来るって訳じゃないけど……」 「あ、私も! シルクを守るのが、あたしの役目だし」 「俺も行きます。全てを見届ける事も、きっと俺達が為すべき事だろうから」 「…………ここに居ても仕方が無いから、行ってあげるわ」 他の契約者達も賛同した所で、彼らは後を急ぐのだった。 それを見送った碧に、ダークが問う。 「お前も行かなくて良かったのか?」 「まぁね。だって、あまりに大勢で行っても仕方無いでしょう。彼らに任せておけば、きっと大丈夫だろうしね」 「ふぅん。あいつらのこと、随分と信用してるんだな」 「信用、ね…………もしかしたら、期待してるのかも」 「あら。貴方にしては珍しい発言ね?」 「やだなぁ珍しいだなんて。僕はいつだって皆に期待してるのに。 ……でも、皆もそう思ってるんじゃない? 彼らなら丸く収めてくれる、って」 「そうね。それならば、私は最後まで見届けましょう」 レイが頷いて、静かにつぶやいた。 |