第64話 姉妹と主従


紫は人気の無い通路を抜け、目的地へと向かっていた。
もうほとんど、自分を覚えている者は居ないだろう。
そんな確信を持ちながらも、出来る限り人の目を避ける様に進む。
その道の途中、扉を開けた瞬間に飛び込んできた姿に、紫は息を呑んだ。

「…………!」

声にならない声を上げて、紫は足を止めた。
そこに居たのは、ふわふわとした紫の髪を持つ、少女の姿。
記憶にあるよりも随分と成長してはいるが、それでも見間違う筈はなかった。
思わず、名前が口を突いて出ていた。

「……プラム……」

そう、そこに居たのはプラム。
思わず漏れた呟きに気付いたプラムが振り向くと、目に入った姿に彼女も驚きの声を上げた。

「お、お姉ちゃん……!?」
「え、ええ……久し振り、ね」

気付かれた事に半ば動揺しながらも、紫は頷く。
どれだけ顔を合わせて居ないのか、もう分からない。
けれど自分を覚えていてくれた事に、言い様の無い感動を覚える。
と、プラムが駆け寄って来た。

「今まで、何処行ってたの!? わたし、ずっと待ってたんだよ?」

こちらを見上げて来るプラムの両目から、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。
紫は彼女に近寄り、その頭にそっと手を乗せた。
詫びるように、プラムをなだめる。

「心配、掛けたわね。その話は、いつか必ずするわ。
だから今は、もう少し待ってちょうだい?
……今は、他に済ませなければならない事があるから。そうでしょう?」

最後の一言は、プラムに向けた言葉ではなかった。
紫の視線の先には、グレイを始めとする皆の姿。
それに気付いたプラムが、戸惑う様に視線を迷わせる。

「お姉ちゃん! あのっ」
「大丈夫、必ず戻るわ。だから、お願い。少し待っててちょうだい」
「……うん……」

優しく語られる紫の言葉に、プラムはただ、頷く事しか出来なかった。
プラムが頷いた事を確認すると、紫は皆に向き直る。

「昔の事、どうやら伝わっちゃったみたいね? 皆にも、貴方にも」
「他に、方法は無かったのですか? そうすれば、こんな事態には……!」
「無いわよ」

キッパリと、紫は言い切った。

「例え女神だとしても、出来る事には限りがあるのよ。
だけどあたしはこれで良かったと思ってる。後悔なんて、これっぽっちもしてないもの」

それが、自分に出来る全ての事だった。
そうして得られた結果に、不満なんて存在しない。
たとえそれが、自分の身を滅ぼす事になったとしても。

「私は、後悔していました。出来る事ならばあの時に戻ってやり直したい、そう思った事もありました。
貴方は何故、私に何も言って下さらなかったのです?」
「これは、私の意志。私だけの意志。それに、貴方を巻き込む事は本意では無かったからよ」
「それが貴方の、優しさだと?」
「……さぁ、それはどうかしらね」

はぐらかすように言って、紫は笑う。
その笑みさえも何処か影を引き連れているように、グレイには見えた。
しかし、全ては過去に起きてしまった。
今は――――ただ前を見据えるのみ。

「ですがそれはもう過去のこと。今は、今為すべき事を第一に動かねばならないと、そう心に決めたのです」
「それは……あたしを止める事、かしら?」
「そう捉えて頂いて構いません」
「それは、私の意思にも背く事になるが……それでも構わないか?」

不意に、声が聞こえた。
幼いが、凛とした声音。
誰もが声の主を振り向き、真っ先にコーラルが叫んだ。

「リスカ様……!」

そこに居たのは女神――――リスカ・クィン・アジャーニ、その人だった。



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