第63話 隠された過去


「それで、私の所に?」

納得した様に発せられたミントの声に、コーラルが頷いた。

「そうだ。お前ならば過去の資料の取り扱いにも詳しいからな」
「確かに、重要資料の作成はミントの仕事ですもの。今まで記して来た資料が役に立つ日が来たんですのね!
図書資料館を管理する者として、これ以上無い喜びですわ!!」

神妙な表情のミントとは裏腹に、隣のビスクが嬉しそうな声を上げた。
日頃の成果が役に立つとなれば嬉しくなる気持ちは分かる。
あまり頻繁に必要とされるならば、なおさら。
しかし今は、そこに喜んでいる場合では無いのだ。
そんなビスクを、ミントはやんわりとなだめる。

「ビスク……気持ちは分かるけれど、少しは落ち着いてちょうだい。それで、何をご希望で?」
先代女神に関して、知り得る限り全ての情報の開示だ。
公に伏せられている彼女の断罪の真相を、お前ならば知っていると思うが?」
「……ええ、確かに。存じています」

静かに、ミントは答えた。
その重い表情から、その内容が重大視されている事が容易に想像できる。
グレイが、穏やかに問う。

「全て、教えて頂けますね?」

本来ならば、永久に封じておかねばならない事実。
それは、そう定められた記録だ。
しかし今は、そんな通常の規定に則っている場合では無い。
ミントは意を決して頷いた。

「分かりました、簡単にご説明致します」

そう宣言して、分かりやすい言葉を選んでいく。

「先代が裁かれたのは、女神としての力を自らの目的に流用したからです。
女神は天界の和平の為にあるべき存在。その為に与えられる力を、世界以外の為に使う事は認められていません」
「それを破ったから、先代の女神は裁かれた……?」
「そう。女神が裁かれるなど、あってはならない事。
ですから、出来る限り周囲に漏れる事の無い様に処理されました」

明らかにされていく、先代女神の記録。
一部の天使しか知らない、女神が裁かれた事実。
そこから更に少数しか知り得ない、隠されていた真実。
ミントの語る言葉に、誰もが息を呑んで耳を傾けていた。

「けれど、彼女がそんな行動に出たのには、理由があるのです」
「その、理由とは?」
「彼女の妹に起きていた、原因不明の能力消失を防ぐ為です」

その言葉が放たれた瞬間、ざわめきが起こる。
その反応から見ても、先代に妹が居た事さえ、知る者はほとんど居なかった様だ。

「それが……私の求めていた真実、なのか」

ぽつりと漏れたシルヴァーの呟きを、マゼンタは聞き逃さなかった。

「シルヴァー? もしかして、あんたが女神にこだわる理由は……」

浮かんだ推論を全て言葉にする前に、シルヴァーが呟いた。

「そうだ。彼女は私の憧れだった。
姿こそ知る事は無かったが、伝えられる彼女の言動は私の目標となった。
だがある日、彼女は姿を消した。何とか情報を手に入れ、裁かれた事実を知ったが、それ以上の事は分からなかった。
女神の座に就けば、真実を知り得る事が出来る……だから、私は女神を目指したのだ」
「なるほどね……あれだけ必死だったのも、まぁある意味納得だわね」

抱いていた疑問の答えを手に入れたマゼンタが、納得する。
そんな中、ふと朱華が疑問を口にした。

「でも、どうして先輩……あの、先代は女神を消そうだなんて思ってるんでしょう?」
「過去の出来事は資料から分かりますけれど、その本意は彼女にしか分かりませんわね……」

ビスクの呟きに、異を唱える者は存在しなかった。
本質的な真実は、彼女本人にしか分からないこと。
先代の過去を明らかにしたのは、それを確認したに過ぎなかった。



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