第62話 対峙


「いらっしゃい、皆さん」

ふわりと、柔らかい声が降る。
その声に、露わになった姿に、朱華は絶句した。

「ゆ、紫先輩? 何で、こんな所に……!」
「こんな所で会うなんて、奇遇ねえ? 朱華ちゃん」

それは、紛れも無く紫だった。
自分の学校の先輩で、魔法の様な世界を教えてくれた人。
それが何故、こんな場所に居ると言うのだろう。
天界と言う、通常ならば関わる事のないはずの世界に。
戸惑うばかりの朱華に、紫は微笑むばかり。
皆が状況を読めずに居る中で、グレイだけが難しい顔をしていた。

「グレイ? どうした?」

気付いたコーラルが、不審そうに問う。
しかし、グレイは答えない。
曇った顔のまま、ただ視線を彷徨わせるばかり。
そんな様子の彼に、紫が小さく笑った。

「話しても良いのよ? ここまで来て隠し通すつもりなんて、無いんだから」
まるで、見知った者に向ける様な気軽さで放たれた言葉。
その言葉に後押しされる様にして、グレイはゆっくりと声にした。

「……彼女は、先代の女神です」

衝撃が走った。
朱華だけでなく、その場に居た全員に。

「先代……!? 彼女が、先代の女神……なのか?」

流石のシルヴァーも、動揺した様子でそうつぶやくばかり。
戸惑いの空気に包まれる執務室で、ただひとり、紫だけが笑っていた。
その微笑みは、まるで全てを肯定しているかの様だ。

「信じるかどうかはお任せするわ。事実であっても、過去の事ですもの」

否定も肯定もせず、紫は言った。
何も返す言葉が見付からず、沈黙が降りる。
それを打破したのは、複数の足音。
それは先に天界へ来ていた筈の碧と、当たり前の様に傍に居るレイとダーク。

「先程は、どうも」

真っ直ぐに紫を視界にとらえた碧が、言う。
彼と彼女の間に何があったのかは、朱華達には分からない。
ただ分かるのは、ふたりに関係性があるらしいという事だけ。

「これで役者は揃った、って所なのかしら?」
「何が目的なんです? この一件、女神もグルなんでしょう? 説明、して貰いますよ」

鋭ささえある碧の追究に、さも楽しそうに紫は笑う。

「あら、気付いちゃったのね。じゃあ仕方が無いわ、教えてあげましょう。
私の目的は、女神という存在を消すこと……ただ、それだけよ」
「女神を消す、ですって……?」
「リスカ様の居場所を、お前は知っているのか!?」
「さぁ? 残念ながら、あたしは知らないわ。まだ、彼女には会えてないから」

それだけを告げて、紫は身をひるがえした。
そうして奥の扉から去ろうとする彼女を、コーラルが慌てて追う。

「――――待て!」

しかしその扉の向こうに、彼女の姿は無かった。

「一体どういう事なの? 女神を消す、だなんて」
「随分と物騒な話になってるみたい……」
「あの、女神を消すなんて……その、出来るんです、か?」

口々に言葉が漏れる中、おずおずとシルクが声を発した。
マゼンタは唸る。

「不可能ではないと思うわ。今の女神がそれを望むのであれば。
もしもあたしが女神になった時は、そうしようと思っていた様にね」
「貴方、自分が何を言ってるのか分かっているの!? 畏れ多い事だわ!」

マゼンタの発言に、アクアが喰ってかかった。
それをうるさそうに受け止めて、マゼンタは受け流す。

「あぁもう分かってるわよ。分かってるから、いちいち喰ってかかって来ないの!
今はそんな口論やらかしてる場合じゃないでしょ」
「今は状況を整理する方が重要、って事ですね?」
「そゆこと。先代の事について、あたし達も知らない事がある様だから。
この状況で隠してても仕方無いじゃない? 全部、説明して貰うわよ」

この場でより多くの情報を有しているらしいのはひとり。
グレイをしかと見据えて、マゼンタは説明を求めた。
覚悟を決めた様に小さくうなずて、グレイは答える。

「分かりました。全て、明らかに致しましょう」

こうして、一同は集まって情報提供と状況整理を行う事になったのだった。



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