第60話 覚悟を決めて


「天界の行き方を知ってる、ですって……!?」

動揺が、走った。
その反応を見て、碧がふと気付く。

「あ、説明が足りませんでしたよね。これじゃあ驚くのも無理ないか」
「どういうこと?」
「僕、これでも一応天界の出身なんです。でも力を一切持ってなくて。
天界に居ても意味が無いと思って、地上を居住地に決めた訳なんですよ」
「そんな話、聞いた事ないわよ」
「当然です。誰にも言って無いんだから。知ってるのは今の女神くらいかな?
それに、天界で僕みたいなのが生まれる確率って奇跡に近いですからねえ」
「それで、あんたは良い訳?」
「もちろん。地上での生活を充分に楽しんでますから」
「あ、そ。ならその話はもう良いわ。それで、行き方を知ってるってのは本当?」

すぐさま、話が戻される。
碧は頷いた。

「この場で嘘ついてどうするんです? 本当ですよ。
僕が天界からやって来た時に繋がった道を、残してあるんです。
時々用事や、それからお出かけ感覚で天界にも行ってましたから」
「お出かけ感覚、って……そんな気軽な」

何処からかそんな呟きが聞こえたが、もうそれが誰の言葉かも分からなかった。
その動機はともかく、今は碧の言う道を頼るしか無い様だ。

「それで、皆さんどうします? 僕の言葉を信じて行きますか?」
「信じるも何も、今はそれに頼るしか……」
「そうだね。方法がひとつなら、行くしかないかな」
「お、お願いしますっ!」

白羽、蒼斗、そして朱華は賛同の意を表す。
碧は黒花に視線を向けた。

「貴方はどうします? 黒花さん」
「別に、何でも良いから早くしてくれない?」
「……じゃ、オーケーって事で。じゃあ契約者の皆さんはついてきて下さい」
「あたし達は先に向かってるわ」
「分かりました。気を付けて下さいね?」

飛び立った天使達を見送って、一行は碧に続いた。



連れられて来た場所は、小さな建物の屋上。
見渡す限りでは、何の変哲もない空間が広がっているだけだ。

「道、っていうのは何処なんですか?」
「ん? あぁ、こっちこっち」

何処か嬉しそうな碧は手摺りに近付くと、そこから下を指さした。
一同の表情が、強張る。

「ちょ、悪い冗談はやめて下さい!」
「だーかーらー、こんな時に嘘ついてる場合じゃないでしょ。
僕は大真面目。ここから地面までの間に、天界へ繋がる道があるんだよ」
「そ、そんな事言われても……」
「君は、いつもそんな手段で天界に?」

静かに問い掛ける蒼斗の声も、心なしか震えている。
碧は迷う事無く頷いた。

「そう。スリルがあって楽しいでしょう?」

しかし、その言葉に同意が得られる事はなかった。
碧はワザとらしく大きな溜息を吐いた。

「もう、仕方無いなぁ。手本も兼ねて僕が先に行くから、絶対後から来てよね?」

言い切って、碧は手摺りを乗り越えた。

「言っとくけど、いくら僕でも好きでこんな場所に道を繋げた訳じゃないんだからね!
それだけは誤解しないでよ!!」

それだけを言い残して、碧は飛び降りた。
慌てて手摺りに駆け寄ると、そこに碧の姿は無い。
見えるのは、隣の建物との間に幕を張る様に存在する、淡く光を放つ幾何学的な紋様だけ。

「どうやら、本当……みたいだね」
「でも、これは…………流石に勇気がいりますよ」
「……天使って、高い所が好きなんだねえ」
「白羽ちゃん……ソレはちょっと、違う気がする」

そんな遣り取りをしながらも、朱華は下を覗き込む。
高さは普通の家の二階程度だが、それでも抵抗はある。
しかしこのまま立ち止まっている訳にはいかない。
柔らかく浮き出た紋様という非日常が、何とか決意を促してくれる様な気がした。
覚悟を決めて、ひとりずつ紋様めがけて飛び込む。
身体が紋様に到達した瞬間、光が溢れて姿を包み込んだ。
そうして光が収束した時、そこには誰の姿も残していなかった。



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