第54話 生まれ始めた違和感


ふと立ち止まったまま、何かを感じ取ろうとする様子のミントに、ビスクは首を傾げた。

「ミント? どうかしましたの?」
「ビスク……貴方には分からない? この違和感が」

率直に問い掛けると、問いを返された。
彼女の言いたい事が、言葉の意味が、ビスクには掴めない。
しかし言われるままに、神経を集中させてみる。

「違和感? そうですわねえ……何か、いつもと空気が違う様な気が致しますわ。
何て言うんでしょう、重いと言うか……少し、苦しい感じはありますわね」
「そう……貴方にもそう感じるのね」

静かに、ミントが呟いた。
貴方にも、という事は、彼女も同じ感覚を掴んでいるのだろう。

「空気が濁っている様なこの感覚、通常では考えられないわ。
しかも唐突にそれがやってくるなんて、どう考えても不自然よ」

状況を整理する様に、ひとり呟くミントの声を、ビスクは聞いている。
難しい事は分からないが、異変の予兆にも似た現象が起ころうとしているのだと推察した。

「何かが起こったとしか……まさか」

不意に声のトーンが上がったので、ビスクは身を竦ませる。

「どうしましたの!? 何か、心当たりでも?」
「そんな筈は無いわ……二度とあの様な事が起きない様に、それを戒める為に、私達が居るはずなのに……!」
「意味が分かりませんわ、説明して頂けませんこと?」

珍しく焦りを見せた様子のミントに、ビスクは戸惑うばかり。
説明を請うと、ミントは首を振った。

「まだ推測の域が出ない今の状態では、話す事は難しいわね。
取り敢えず、資料室を貸してちょうだい。至急、調べたい事があるの」
「それは、構いませんけど……」

ビスクの返答を聞くなり、ミントは急ぎ早に資料室へと向かう。
残されたビスクは状況を把握できないまま、ただ首を傾げる事しか出来なかった。



「なんか、みんな慌ててるね……何か、あったのかな?」

ばたばたと慌しく駆け回る天使達を見て、プラムがぽつりと呟いた。
ついさっきから、天界の空気がおかしい。
この僅かな間だけでも、数回の往復をする天使も居るほどだ。
こういった突然の出来事が見受けられる時は、大抵が良くない事の前触れ。
そしてそういう嫌な予感と言う物は、高確率で当たる物である。

「詳しくは分かんないけど、どうも良くない事があったみたいだよ」
「良くないこと? 大丈夫なのかな……」
「さぁ。でもひとまず、マゼンタ姉に報告して来るつもりなんだ。
そうした方が良い様な気が、するんだよね。闘ってる場合じゃ無くなるかもしれないから」

ライムが地上に降りて知らせるほどに、事態は深刻なのだろうか?
考えて、プラムは不安を覚える。
言い様の無い、落ち着かない感覚。
それが、じわじわと忍び寄って来ている。
行かないで、の言葉を、プラムは呑み込んだ。
許可なく地上に降りる事は、そもそも褒められた事では無いのだ。

「気をつけてね。無理しちゃ、嫌だよ?」
「ちょっと伝言するだけだから、大丈夫だって。じゃ、行って来るから」

そう言って、ライムは駆け出す。

「うん。いってらっしゃい」

答えて、プラムは手を振った。



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