第53話 霧に隠れた真意


何かに気付く様に手を止めたリスカに気付き、コーラルは首を傾げた。

「リスカ様? どうかなされましたか?」

問うと、リスカは小さく首を振った。
手にしていたペンを置き、一息を吐きだす。

「あぁ……いや、何でもないのだ。ただ、少し疲れた気がしてな」

静かに答えるとリスカは立ち上がり、気持ちを切り替えるかの様に宣言した。

「気晴らしに、おやつにでもするか!」
「では私が準備を!」

反射的に動こうとするコーラルを、リスカは手で制した。
予想外の事に、コーラルはおかしな体勢のまま固まる。

「いや、それには及ばん。たまには自分でやるとしよう」
「そう……ですか? 何かありましたらお声かけ下さい」

思いがけない言葉に、コーラルは戸惑いつつもそう答えた。
素直に引いたコーラルに対し、リスカは微笑んでみせる。

「あぁ、いつも世話を掛けているな。……ありがとう。お前達もしばし休んでくれ」
「リスカ様……?」

滑らかに紡ぎ出された言葉に、僅かな違和感を感じた。
何かがおかしいと感じるものの、その何かが掴み取れないまま、ただ首を傾げる。
コーラルの不安をよそに、リスカは執務室を去ってく。
その背を見送ったコーラルは、傍に控えていた副官に問い掛けた。

「グレイ。今のリスカ様の様子、おかしくは無かったか?
ここ最近何処か上の空と言うか……何かを考えている事が多かったり」
「そうだったかな?」

コーラルの予想に反し、帰って来たのは否定にも似た声だった。
思わず、声を荒げる。

「お前が気付かぬ訳がないだろう! リスカ様をお守りする、それが近衛隊長である私の義務だ!!
何かが起きているのならば、私が……いや、私達がお助けするのが当然だろう!?」
「全てはリスカ様のお考えあってのこと、私達が口を出せる事では無いのだよ」
「だとしても! リスカ様の身に何かが起きているのは間違いないのだ!!」

何を言おうとも、返って来るのは無難な返答ばかり。
彼が気付かぬ筈は無い――――その確信にも似た思いが、コーラルを焦らせる。
何かが起ころうとしているのに、それが何か分からない。
手遅れになる前に、対処せねばならないというのに。

「リスカ様のお姿が即位の時より幼くなっていること、お前だって分かっているだろう!?」
「……確かに、それは否定しない。しかし、容易に踏み込むべき問題では無いと思うんだ。
君がリスカ様を大切に思う気持ちは分かるよ。私も、そうだったからね……」

あえて今まで触れなかった事柄に触れると、グレイの表情がかすかに曇った。

「グレイ……?」

不審に思って、名を呼ぶ。
しかしそれ以上、グレイが語る事は無かった。
そして不穏な影を残したまま、その話は打ち切られる。
そうして気付いた時には、女神の姿が忽然と消えていた。



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