第52話 欲するものは


静かな夜。
ビルの屋上に佇んだ少女が、月の浮かぶ空を見つめて微笑んだ。
ふわりと漂う風が、少女の長い髪を払ってゆく。
その足元には、チョークの様な物で描かれた不可思議な模様――――俗に言う、魔法陣。
其処へ、訪問者の姿がみっつ。
気配だけでそれを感じ取った少女が、笑みを深くする。

「いよいよ、動き出しましたか」

背後から、弾んだ声がする。
それがすぐに焦りに変わる確信を持ちながら、少女は歌う様に言った。

「ええ。これが次の始まり。そして……終わりでもあるのよ」
「終わり……?」

案の定、聞こえる声の雰囲気が変わった。
予想に変わらない反応に、ますます笑みが濃くなる。

「そう。貴方と私の間に交わされた、ゲームの終わり」

そこで初めて、少女は振り向いた。
戸惑う少年の姿が、視界に入る。
次の瞬間、地面の魔法陣が眩しい輝きを放ち始める。
眩しさに目を覆いながらも、少年の叫びが耳に届く。

「終わり!? まだ始まってすらいないじゃないですか……!」
「始まりに気付けなかっただけでしょう? 残念ね、ゲームは貴方の負けだわ。
言ったじゃない、私を止める事なんて出来ないんだって」

ふわり、微笑む。
輝きを増す光。
それは想定通りの、焦燥。

「何をしようって言うんですか、貴方……まさか」
「さぁ、どうかしら。本当の事なんてきっと、誰にも分からない……貴方の目に、真実は見えるかしら?」
「何を言って……」

少年が言いかけた時、辺りに竜巻の様な突風が吹き荒た。
視界を奪う程の風の威力に彼は為す術もなく、ただ身を護るのみ。
そしてその風がぴたりと止んだ時、そこに魔法陣も、少女の姿も消えていた。





残ったのは三人の姿と、僅かな力の残滓のみ。
その感覚に、少年――――碧には覚えがあった。
信じられない事実を否定したい一心で、呟く。

「この力、女神の……そんな、まさか。
冗談じゃないよ、女神が関わってるなんて僕は聞いてない……!」

いつになく取り乱した様子の姿に、流石のレイも慌てた。

「ちょっと、どうしたのよ一体!」
「女神だよ! あの人の手の平の上で踊らされてたって訳なんだよ、僕達は。
こんなの、どういう事か直接訊かないと納得出来ない!」

そう言われた所で、レイには未だ状況が呑めない。
戸惑う様に相棒に視線を向けてみたが、彼にも理解は出来ていない様だ。

「僕は行くよ」
「行くって何処に……?」

不意に、確かな意志を持って発せられた声に、ダークが首を傾げる。
そうして不審そうに問う声に、碧は取り繕った明るさで答えた。

「もちろん、帰るのさ。僕達の故郷に」



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