第50話 癒しの風


闘いに突然の幕が下りたその後。
一行は近くにあるという蒼斗の家に集まっていた。
あまり広くは無い部屋に8人という数は少々狭い気がするものの、今はそんな場合では無い。
マゼンタとアクアのふたりは、先刻の闘いで負った怪我の治療を受けていた。
今回見守るだけの位置に居たシルクの得意とする、癒しの術で。
シルクの手のひらから、ふわりと温かな光が生まれる。
それは目に見える擦り傷などを、優しく包んでいく。
言葉を発するタイミングを窺うように、皆が沈黙を守っていた。
その中で、治療の様子を眺めていた白羽がぽつりと呟く。

「やっぱり、手強い相手みたいですね。その、シルヴァーっていう天使は」

明確に出た、実力の差。
それを実感する様に、空気が一層張り詰めたものになる。
それを打ち払う様に、蒼斗が言う。

「ふたりとも、軽い怪我で済んで良かったよ。勝敗よりも、命がある事の方が重要だからね」
「そうですよ。ふたりとも、無事で本当に良かったです」
賛同した朱華は、ふと疑問を口にした。

「でも……一体何があったんです?」
「さぁね。あたし達にもサッパリだわ。何があったのか、見当もつかない」
「そうですか……」

闘いの現場に居たマゼンタにさえ分からない事を、朱華が分かるはずもない。
まさに手詰まりの状態に、朱華は問いを投げる。

「これから、どうするんですか? まだ決着、付いてないんですよね。また、闘うんですか?」
「当たり前じゃない。挑まれれば受けて立つ、それだけよ。……それに、今度は私だってただではやられないわ」

アクアがさらりと言い切る。
闘いに関しての彼女の意志は、固い様だ。

「ま、それが決まりだもの、仕方ないわね」

半ば呆れたように言うマゼンタも、退く気は無い様子だ。
いつしか訪れる再戦の時を、今は待つ事しか出来ない。
手当てが完了した所で、今日はひとまず一時解散する運びになった。
皆が帰るのを見届けた蒼斗とアクアの間に、静かな沈黙が降りる。

「まだ、闘うつもりなんだね」
「それが私に与えられた使命だもの」

ぽつりと零された蒼斗の声に、アクアは静かに答える。
何の迷いも無い様に口にされた言葉。
使命という言葉で表された彼女の心は、蒼斗には盲信にも似ている様に思えるのだ。

「本当に、いいのか? 心を偽っていないと、言い切れるのか?」
「何が言いたいの、アオト」

ハッキリと、アクアが尋ねた。
彼女は気付いていない。
彼女の言う「使命」という物に、彼女自身の意志が関わっていない事を。
それでも、蒼斗は何も言わず首を振った。

「いや、何でもないんだ。君が思う通りに行動すれば良い。俺は、それを止めたりなんかしないから。
だけど、出来れば無事に戻って来て欲しいとは、思うけれどね」
「……それは、保障しかねるわね」

アクアのその答えは、強がりにも似た響きを持っていた。



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