第49話 揺らいだ心


黒花の部屋の窓から中へと侵入したシルヴァーは、目の前の状態に眉をひそめた。
ベッド上に、大きな丸い塊が出来ている。
すぐに、布団を被ったその中で黒花が丸くなっているのだと悟る。
しかし、そうなるに至った過程をシルヴァーは知らない。
本来ならば放っておくべき問題なのかもしれない。
お互いに、相手に対して必要以上の干渉をせぬよう距離を保って来た間柄だ。
下手に踏み込む行為を考えた事など、一度も無かった。
だが、今回ばかりは勝手が違う。
先刻の力の異変は、おそらく黒花にあるのだとシルヴァーは踏んでいた。

(女神も考えたという訳か……)

普通に闘うならば、僅かな時間で勝利を手にする自信はあった。
だがしかし、今はそれがままならぬ状態に陥っている。
その原因が、この契約と言う儀式に所以していると考えれば辻褄は合う。
天使の実力の差さえも、契約者の存在でカバーできる。
逆を言えば、契約者が足枷となる可能性もあるという事だ。
そして現在シルヴァーの身に起きている出来事は、おそらく後者。
つまり彼女が平静を取り戻さぬ限り、自分に勝ち目は無いのだろう。

「コッカ、話がある。顔を出してはくれないか」
「嫌よ。今は誰とも話したくない。此処から、今すぐ出ていって」

キッパリと、黒花はシルヴァーをつっぱねた。
しかしシルヴァーは、引く事など出来ない。

「黒花には、尋ねておきたい事がある」
「あたしには関係ない。馴れ合うのは嫌いなのよ」
「そうはいかない。お前は私の契約者だ。契約を交わした以上、為すべき事はして貰う」
「いい加減にして!」

黒花が叫んだ。

「あたしのこと、何も知らない癖に!」
「ならば、教えて貰おう。私がお前に問いたいのは、お前自身の事だからな」
「…………言う事なんて無いわ」
「黒花、お前は自身の事を語らない。だから私はお前の事を知らない。
そしてお前は、私の事を尋ねようとしない。だから私は自身の事を語る事はしない。
私が何を言いたいのか、分かるか?」
「知るもんですか、そんなもの」

あくまでも、黒花は拒否の態度を貫くつもりのようだ。
シルヴァーはどうしたものか悩む。
しばらくの沈黙。
どのくらいそれが続いただろうか。
諦めにも似た溜息が、それを静かに破った。

「……時間が必要、と言う訳か。仕方が無いな。また後日、来るとしよう」

それに対する返事は、何も無かった。
二度と来るな、と言われなかっただけマシというものだろう。
シルヴァーは未練の欠片も無く窓から飛び立った。
ひとり残された黒花は、必死に嗚咽を呑み込む。

「私は、どうしたらいいの? 何処へ行けばいいの? もう、何もかも分からない……」

吐きだした疑問は心の奥底に深く突き刺さったまま、消える事は無かった。



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