第47話 異変


「この状況で考え事とは、随分と余裕だな」

淡々と、シルヴァーが告げる。
瓦屋根を背に預けながら、マゼンタは息を吐く。

「余裕、ねえ……そうだったらどんなに良いかしらね」

皮肉の様に呟いて、マゼンタは起き上がった。
屋根の上に座り込む恰好で、真っ直ぐにシルヴァーを見上げる。

「ひとつ、訊いてもいいかしら」
「何だ」
「あんたが女神の座を求める理由」
「……それを訊いて何になる」
「べっつに。ただ、知りたいだけよ。文句ある?」
「いや。だが、教えるつもりはない」

と、シルヴァーは切り捨てた。
マゼンタはむくれる。

「なによ、ケチねえ。減るモンじゃないでしょうよ」
「理由など、きっかけに過ぎん。動機が何であれ、勝てば問題無いのだからな」
「ま、そうだけどね。でもあんた、何をそんな必死になってるのよ?」

シルヴァーの顔つきが、僅かに変わった。
マゼンタは続ける。

「あんた程の人材が、ムキになりすぎてるって言うか。なんか釈然としないのよね」
「可笑しな事を言うな。これは女神の座を勝ち得る為の闘い。必死になるのは当然だろう」
「それはそうだけど。でも、あんたは女神の椅子にこだわり過ぎてる気がするのよねえ」
「何が言いたい」
「あたしも上手く言えないんだけど、そうねえ……女神でなければならない理由が、あるんじゃない?」
「……そうだ。私には、この道しか残されていないのだ……!」

シルヴァーが剣を持つ手を振り上げた。
とっさにマゼンタは翼を広げる。
しかし次の瞬間、大地の剣が崩れ去った。
突然の事にマゼンタもアクアも、そしてシルヴァー本人さえもが驚きの表情でそれを眺めていた。

「一体、何が起きたというの……?」

皆の声を代弁するかの様に、アクアが言った。
しかし、その答えは誰も分からない。
さっきまで剣を握っていたはずの手を呆然と眺め、シルヴァーは呟く。

「コッカ……?」

状況の読めないふたりに、シルヴァーは背を向けた。

「今日はこの辺りにしておく事にしよう。次に対峙する時、決着をつける」
「ちょ、あんた勝手に逃げるっての!? 待ちなさいよ!」

制止の声も聞かずに、シルヴァーは飛び去って行った。
この唐突な異変によって、闘いにひとまずの幕が降りたのである。



その頃、女神候補者達の闘いの場から少し離れた場所には、ふたつの影。

「……で、これってどういう状況なんだよ」
「私に聞かれても困るわよ。取り敢えず、闘いは一時中断の様ね」
「そもそも、この闘いの勝敗ってどうなってんだ?」
「それは……」

問われて、レイは言葉に詰まった。
明確な提示がなされていない事に、気付いたのだ。
何故そこに気が付かなかったのだろう。
勝った者が女神となるという決まりだけを、漠然と理解していたという事だ。
その判定材料はおろか、その判断を下す者さえも不明のまま。
審判者と銘打たれた自分達以外に、その判断を割り振られた者が居るのかも知れないが……。
全ては推測の域を出ない。

「こんな事言うのもどうかと思うんだけどよ。この闘い、色々と不自然じゃねえか?」
「な、そんな罰当たりな事を……!」

言いながらも、頭の中では理解していた。
ダークの言う事は、恐らく間違っていないのだと。
現に、考えれば粗が多い。
候補者達の意識の差、そして実力の差。
明確ではないルール、浸透していない勝者判定方法。
本当に、女神はこの闘いで次期の椅子を譲り渡すつもりなのだろうか?
そんな疑問さえ、生まれてしまう程に。

「……それでも、私達は与えられた使命を全うするしか無いんだわ」

ぽつりと呟く。
今はそれ以外に、どうする事も出来ないのだ。
仮に隠されていた真実があったとして、それを知ったとしても、恐らくは何も変わらない。
見守る事だけを託された身には。

「だけど、見守るだけっていうのも、辛いものなのよね……」
「ま、気楽に気楽に。じゃないと、息が詰まっちゃうだろ?」
「……あんたは気楽すぎだと思うわ」

そんな口を叩きながらも、気負わないその言葉には胸が少し軽くなった気がする。

「とりあえず、今は戻りましょう」
「……だな」

誰にも気付かれぬまま、ふたりはその場を後にする。
不意に生まれた疑問の答えが明らかになるのは、もう少し先の話。



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