第41話 スタートの合図


「ちょっとあんた、どうしたってのよ!?」
「……何でもないわ。ちょっと、バランスを崩しただけよ」

何事も無いかの様に、アクアは言う。
しかしその顔には、ひどい疲れが見えていた。
よくよく見れば服の裾は擦り切れ、腕にも擦り剥いた様な傷痕が見える。
それに気付いたらしいマゼンタが、目を細めた。

「あんた、闘ったわね?」
「…………そんなこと」
「だったら、どうして此処に来たのよ?」
「それは……」

図星を突かれたのだろう、アクアの視線が彷徨う。
朱華は棚から、簡易の救急箱を取って来た。

「アクアさん、手当てしましょう」
「これくらい、平気よ。貴方達の手は借りないわ」
「でも!」
「あんたね、無駄な維持なんて張ってないで、素直に手当てされときなさい。
それが嫌なら、どうして此処へ来たりなんかしたのよ」

マゼンタの声に、アクアが言葉を詰まらせる。
俯いたその表情に隠された意味に、朱華は気付いた様な気がした。
抵抗の無いアクアの腕を取り、消毒液を含ませた布を傷口にそっと押しあてる。

「…………っ!」

アクアが短い悲鳴をあげた。
面白い物を見る様な目で、マゼンタが笑う。

「あんたのそんな姿を見る日が来るとはねえ……」
「な、冗談じゃないわ、私は見世物じゃな……つっ!」

反射的に身体を動かそうとしたアクアが、呻き声を上げる。
傷口に染みたらしい。

「ほら、大人しくしてなさいな」
「勝手な事を言わないで! 人事だと思って!!」
「だって人事ですもの」

さも嬉しそうなマゼンタの姿に、アクアが唇を噛む。
これ以上の反発は悪循環を生むだけだと悟ってか、それ以降は黙って手当てを受けていた。

「蒼斗さんに心配、かけたくなかったんですよね」
「ば……っ、馬鹿な事を言わないでちょうだい!」

ぽつりと漏らした呟きに、アクアが過剰に反応した。
慌ててそっぽを向き、呟くように言う。

「…………ただ、此処が近かったから。だから、寄っただけよ」
「そうですね。すいません」

朱華は小さく笑って、そう答えた。
アクアは、何も答えなかった。
手当てが済むと、アクアは静かに言う。

「シルヴァーが、動き始めたわ。本格的に闘いが始まるのも、時間の問題ね」
「やっぱり、あんたのその傷の原因は彼女なのね?」
「……そうよ。何か文句でも?」
「あんたねぇ……まぁ良いわ。なんにしても、覚悟を決める必要があるって事ね。
教えてくれた事には感謝するわ、ありがと」

率直に礼を述べたマゼンタに、アクアは背を向けた。

「……この借りは、いつか返すわ」

それだけを言い残し、アクアは窓から飛び立っていった。



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