第40話 動き出した駒


ばさり、羽の音が聞こえた。
文字の羅列を追うだけで全く頭に入らなかった本を、黒花は閉じる。
視線を向ければ、天使が窓枠に腰掛けていた。
その視線は遥か彼方に向けられ、その瞳に黒花は映っていない。
黒花は再び本を開いた。
契約を交わした日から、数日が過ぎていた。
あれから時折、彼女はこうして姿を現す。
しかし互いに会話をする事は無く、ただ過ぎていくだけの時間。
干渉される事は無く、干渉もしない。
だからなのか、誰かが傍に居ても不思議と平常心でいられた。
――――彼女は、私を知らないから。
果たしてそれだけが原因なのか、それは分からないが。

「全ての駒が、揃った様だ」

不意に、シルヴァーがつぶやいた。
黒花は、視線を動かす。

「女神を決める為の闘いが、始まる」
「……そう。でも、私には関係ないんでしょう?」
「ああ、そうだ。適宜報告には来るが」
「そう。ま、勝手にやってちょうだい」
「無論だ。好きにやらせてもらう」

強い意志の籠った言葉を残し、シルヴァーは飛び立つ。
再び訪れる静寂。
生温かい風が、部屋をふわりと満たしていた。





気配を感じて、アクアは顔をあげた。
突然の事に、蒼斗が首をかしげる。

「どうかした? アクア」
「闘いが、始まろうとしている……」
「……そう。いよいよ、始まるんだね」
「貴方に迷惑はかけないわ、アオト。……少し、出かけて来るわ」
「分かった。気を付けて。無理は、しないようにね」
「さぁ、どうかしらね」

不敵に笑って、アクアは開け放った窓から飛び立った。



「…………暇ねえー」

ベッドに堂々と寝そべりながら、マゼンタがぼやく。
それは平和だと言う事で、それならば良いじゃないかと朱華は思うのだが。
マゼンタはそうは思っていないらしい。

「なんか面白い事ないのぉー? ねーえー、シュカぁー」
「そんな事私に言われても困りますよ!」
「あーもう、つまんないわねえ」

頬を膨らませ、マゼンタは拗ねる。
まるで子供の様な素振りを見せる彼女が、天使だと思う者は居ないだろう。
朱華は溜息を吐いた。

「ほら! もういい加減にしゃきっとして下さいよ、しゃきっと……」

不意にガタっという音が聞こえて、朱華は口をつぐんだ。
反射的に音のする方へと視線を向ける。
白い羽、美しい青い髪――――見覚えのある姿。

「あ、アクアさんっ!?」

朱華の声とほぼ同時、窓を乗り越える様にして身を乗り出したアクアの身体が、前方に倒れ込む。

「ちょっと、あんた……!」

叫びにも似たマゼンタの声が、部屋に響き渡った。



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