第40話 動き出した駒 ばさり、羽の音が聞こえた。 文字の羅列を追うだけで全く頭に入らなかった本を、黒花は閉じる。 視線を向ければ、天使が窓枠に腰掛けていた。 その視線は遥か彼方に向けられ、その瞳に黒花は映っていない。 黒花は再び本を開いた。 契約を交わした日から、数日が過ぎていた。 あれから時折、彼女はこうして姿を現す。 しかし互いに会話をする事は無く、ただ過ぎていくだけの時間。 干渉される事は無く、干渉もしない。 だからなのか、誰かが傍に居ても不思議と平常心でいられた。 ――――彼女は、私を知らないから。 果たしてそれだけが原因なのか、それは分からないが。 「全ての駒が、揃った様だ」 不意に、シルヴァーがつぶやいた。 黒花は、視線を動かす。 「女神を決める為の闘いが、始まる」 「……そう。でも、私には関係ないんでしょう?」 「ああ、そうだ。適宜報告には来るが」 「そう。ま、勝手にやってちょうだい」 「無論だ。好きにやらせてもらう」 強い意志の籠った言葉を残し、シルヴァーは飛び立つ。 再び訪れる静寂。 生温かい風が、部屋をふわりと満たしていた。 + + + 気配を感じて、アクアは顔をあげた。 突然の事に、蒼斗が首をかしげる。 「どうかした? アクア」 「闘いが、始まろうとしている……」 「……そう。いよいよ、始まるんだね」 「貴方に迷惑はかけないわ、アオト。……少し、出かけて来るわ」 「分かった。気を付けて。無理は、しないようにね」 「さぁ、どうかしらね」 不敵に笑って、アクアは開け放った窓から飛び立った。 * 「…………暇ねえー」 ベッドに堂々と寝そべりながら、マゼンタがぼやく。 それは平和だと言う事で、それならば良いじゃないかと朱華は思うのだが。 マゼンタはそうは思っていないらしい。 「なんか面白い事ないのぉー? ねーえー、シュカぁー」 「そんな事私に言われても困りますよ!」 「あーもう、つまんないわねえ」 頬を膨らませ、マゼンタは拗ねる。 まるで子供の様な素振りを見せる彼女が、天使だと思う者は居ないだろう。 朱華は溜息を吐いた。 「ほら! もういい加減にしゃきっとして下さいよ、しゃきっと……」 不意にガタっという音が聞こえて、朱華は口をつぐんだ。 反射的に音のする方へと視線を向ける。 白い羽、美しい青い髪――――見覚えのある姿。 「あ、アクアさんっ!?」 朱華の声とほぼ同時、窓を乗り越える様にして身を乗り出したアクアの身体が、前方に倒れ込む。 「ちょっと、あんた……!」 叫びにも似たマゼンタの声が、部屋に響き渡った。 |