第32話 思いきった交渉


「ま、まさか泊まるホテルまで一緒だとは思いませんでしたね」
「うん、本当に……」

動揺の浮かぶ顔でつぶやいた朱華に、蒼斗が頷いた。
アクアはマゼンタから離れた場所を陣取ったまま、顔を合わせようともしない。
その様子を見て、白羽にしがみついたままのシルクがおろおろしている。
宿泊手続きを終えた一行はホテルのロビーで、再度顔を合わせていた。
まずは初対面になる蒼斗と白羽の紹介が目的だ。

「そう言えば紹介がまだでしたよね、私は井上白羽、って言います。
朱華ちゃんとは同じ学校で同級生、そして、シルクの契約者でもあります。
あ、シルクっていうのはこの子なんですけど!」

言って、自分に隠れるようにして立っているシルクを前面に押し出す。
シルクは慌てた様子で白羽を見上げた。
人見知りの激しい彼女にとって、見知らぬ人間に紹介されるというのは恥ずかしいのだろう。
白羽はそんなシルクを抱きしめる様にして、言う。

「ほら、可愛いでしょ!?」
「あ……うん、アクアとはまた違った雰囲気の子なんだね」

白羽の勢いに押されて苦笑しながらも、蒼斗は丁寧な返答をしていく。

「ほら、シルク、ご挨拶して」
「あ、あの……わたし……あの、シルク・ウエストウインドっていい……ます」
「初めまして、俺は西野蒼斗。宜しくね」

蒼斗は膝を折って、シルクの視線に合わせた。
ふと微笑んで、その小さな頭をぽんぽんと叩く。
柔らかな巻き毛が揺れて、シルクがくすぐったそうに微笑む。
その様子を眺めていた白羽が、思いきった様口を開いた。

「蒼斗さん。話があるんですが」
「……? なんでしょう」

疑問の顔を浮かべながら立ち上がる蒼斗に、白羽は背後を振り返った。
マゼンタとアクアの両名がこちらの会話を全く気にしていない事を確認して、言う。

「女神の座を争うこの闘い、どう思います?」
「どう思うか、か……それはどうにも難しい質問だね」
「では質問を変えます。アクアさんを女神にする意思はありますか?」
「これはまた、単刀直入だね」

蒼斗は困った様に腕を組んだ。
アクアとの契約は成立したが、蒼斗に出来る事は何も無い。
女神の座に就けるかどうかは、アクアの意思と手腕に掛っているのだ。
そこに自分の意思が絡んでくるとは、思えない。
自分が何と言おうと、アクアは自分の考えで行動するだろうから。

「正直なところ、それについては俺には答えようがないと思うんだ。
この闘いに関して俺は一切の口出しは出来ないし、全ての判断はアクアの意思に基づいてる。
契約者としての立場から言えば、彼女には幸せになって欲しいと思うけどね」
「……そうですか」
「でも、どうしてそんな事を?」
「出来る事なら、協定を結びたいんです」
「協定……?」

蒼斗の疑問の声に、白羽は真剣な顔で頷いた。



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