第31話 冷戦状態


暫くの間、時が止まっていたような錯覚を覚えた。
どう動くべきか分からず、ただ立ち尽くすこちらの存在に、アクアが気付く。

「貴方たち、どうして……!」

叫ぶ声は、悲鳴のようにも聞こえた。
動揺がうかがえるあたり、彼女にとってもこの状況は想定外という事なのだろう。
偶然、と言ってしまってもいいのかも知れない。

「どうしたもこうしたも無いわよ、何故あんたが此処に居るの?」
「そんなこと、教える義理は無いわ」

マゼンタの問いを、アクアは突っ撥ねる。
瞬間的に浮かんだ苛立ちの感情を、マゼンタは消さない。

「本当に可愛くないわね、あんた」
「貴方に好かれたいと思った事なんて一度も無いもの、思ってもらわなくて結構よ」
「ああそう。でもそんな冷めた態度じゃ、可愛らしい恰好が台無しよねぇ?」
「…………っ!!」

アクアの顔が、真っ赤に染まった。
今の彼女は天界の衣装では無く、地上で仕入れたのだろう普通の洋服を着ていた。
肩と背を大きく露出した薄手のワンピースは控えめにリボンやフリルで飾られている。
そして、手にはリボンのついた大きな麦わら帽子。
例えて言うのならば、さしずめ静養の為に避暑地に来た清楚なお嬢様――――だろうか。

「ふぅん。あんたがそんな恰好してるなんて、ねえ」
「ば……馬鹿にしないで貰えるかしらっ!?
別に私が好きで着ている訳じゃ無くて……っ、あ、貴方こそ何なのよその服!」
「どう? 似合うでしょ?」

マゼンタは満面の笑みを浮かべて、ポーズをとってみせる。
アクアの視線が、呆れたものに変わった。
マゼンタは胸元の大きく開いたタンクトップにショートパンツといういでたちで、
良く言えば夏の海の雰囲気にピッタリ、悪く言えば露出が激しいとでも言うべきだろうか。
節度を求めるアクアにとっては、眉をひそめたくなる服装でもあった。

「……貴方の趣味の悪さがよく分かったわ」
「何よ失礼しちゃうわね」

あっさりとけなされて、マゼンタはむくれる。

「で、だからどうしてあんたが居るのよ」
「だから貴方に言う必要なんてないでしょう!?」
「……あれ、皆勢ぞろいだ」

不意に聞こえた声に、口論が止む。
声のした方に視線を向ければ、驚いた様子の蒼斗と目があった。

「あ、蒼斗さん!?」

素っ頓狂な声を上げた朱華に、蒼斗は微笑んで手を振る。

「朱華ちゃん……だよね、久し振り」
「蒼斗さん、どうして此処に?」
「用事があってちょっとね。そのついでに少し休養していこうかと思って来たんだけど。
朱華ちゃん達は、遊びに?」
「はい、一泊のお泊まり会です!」
「そう。なら、思いっきり楽しまないとね」
「はい!」

和やかな空気が流れる。

「という事だから、この場は争い事は無しにしようか。
君にとっては不本意な事かも知れないけれど、ここは僕に免じて。ね?」
「あ……アオトが、そう言うなら仕方無いわね」

こうして暫しの休戦がなされたのである。
どちらかと言えば冷戦と呼ぶに相応しかったけれど。



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