第29話 孤独


窓の外に見える景色が、色あせて見えた。
何の感動も寄越さない、無機質な建物ばかりが目に映る。
何度かカーテンを閉めようとして、それすらも煩わしいと諦めた。
変化の無い毎日と、変わり映えの無い生活。
それを嫌だと思った事は無い。
閉塞的な毎日を送っていたとしても、それは自分が望んだ事だ。
誰にも会わず――――家族とさえも、極力顔を合わせない生活。
それを、孤独だとは思わなかった。
たとえ周囲がそう評していたとしても。
誰に指図されようと、改めようとは思わない。
それが、板倉黒花の決めた生き方であったから。
他人と干渉する生活なんて、いいように振り回されるだけ。
そんな考えを持つ黒花にとって、自分の部屋は何にも邪魔されない、自分だけの世界だった。

「…………?」

ベッドに寝転び、ぼんやりと窓の外を眺めていた黒花は、不意に煌めいた何かに眉をひそめた。
反射的に起き上がり、光源に向かう。
思い当たる節の無い、光だった。
他人の侵入を頑なに拒まれたこの部屋の中に、そんな物がある筈が無い。
主である自分の認識出来ない物体が存在するなど。

「……何、これ」

ぽつり、呟く。
黒花の目の前には、不思議な石が転がっていた。
黒曜石を思わせる、深い黒の色をした石。
そっと指先で摘み取り、眺める。
光を弾いて煌めくその石は、宝石にも似た輝きを放っていた。
それに見覚えは、全く無かった。
身を飾り立てるだけの光り物になど、興味は無い。
黒花は窓から、石を放り投げた。
何事も無かったかの様に、ベッドの上へと座り直す。
――――と。

「お前が、私の契約者か」

不意に声がして、黒花は身を強張らせた。
反射的に、声のした方に顔を向ける。
声の主は窓の縁に腰掛ける様にして、そこに居た。
ゆるいウエーブの銀髪、赤味の強い色をした瞳、そして背から生えた翼――――あり得る筈の無い容貌。
夢でも見ているのだろうか。
そう思って何度も首を振ったが、目の前の姿が消え去る事は無かった。

「私の名は、シルヴァー・ノースアース。女神候補の天使だ」
「て……天使……? 冗談でしょう、馬鹿な事を言わないで。人の部屋に勝手に入って来て、何なのよ」
「それはお前が、私の契約者として選ばれたからだ」
「契約者……? 何よ、それ」

馬鹿馬鹿しい、と黒花は鼻で笑った。
真面目な顔をして、空想染みた話をしているなんてどうかしている。
しかしシルヴァーと名乗った自称天使は、表情を変える事無く淡々と言葉を連ねる。

「他の三人の候補者との闘いに勝利し、女神の座を勝ち取る事が私の目的だ。
それには、契約者を得る事が義務付けられている。その契約者として、お前が選出されたのだ」
「何を勝手に決めてるのよ。あたしの知らない所で決めた話なんて、どうでもいいわ!」
「石がお前を選んだ。お前は、契約者の証を示して見せた。だから私がやって来たのだ」
「契約者の証、ですって?」
「あの石は、大地を司る天使である私の力の欠片だ。契約者を選ぶ為に存在し、素質が無ければ見る事も適わん。
そして大地に触れさせる事で、契約者の証を示す事が出来る。それに呼ばれ、私はお前の前に現れたのだ」
「そんな偶然に、勝手な理由を付けられても困るのよ!」
「お前にとっては偶然であろうが、私にしてみれば必然だ。我々がこうして相まみえている事実は変わらない」

さらりとかわされ、黒花は言葉に詰まった。
それを気にする素振りも見せず、シルヴァーは話を続ける。

「なに、契約者と言っても、お前に求める事は何も無い。闘いは此方で勝手に行わせて貰う。
迷惑は掛けないつもりだ。それならば、お前にとっても問題は無いだろう? ……返答を、聞かせて貰おうか」

キッパリと告げられ、黒花は戸惑った。
こうして他人と多くの会話を交わす事すら、久し振りの事なのだ。
突然に色々な事が起こりすぎて、思う様に意識が回らない。

「…………少しだけ、考えさせて」

そう答える事が、今の黒花の精一杯だった。

「いいだろう。答えが出たら呼べばいい」

小さく頷くと、シルヴァーはそのまま窓の向こうへと姿を消した。

「……何なのよ、一体……」

その呟きに、答えを返す者は無かった。



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