第26話 葛藤する心


「わたし、は、争う事をしたくなかったから、だから、断ろうと思ったの。
みんな、それじゃあ駄目だって言ったけれど、わたしは、闘いたくない。闘うことが、絶対に必要なんかじゃないと思うから。
闘わなくてもいいはずなの。きっと、他にも方法はあるはずなの……っ!」

シルクの心からの主張を、誰もが無言で聴き届けた。
彼女の思いを、彼女の意志を、彼女の心を、その場に居た全員が受け止める。
女神の座を得る為に、力を利用する事は本当に必要なのだろうか?
頭の何処かに隠れていたそんな思いが、それぞれの胸の内に沸き起こる。
しかし答えは、今の所は得られない。
何が正しいのかなんて、分からないのだから。
当事者である天使達も、その候補者も、そして――――。
おそらく、女神本人でさえも。

「だからわたし、わたし……っ!」
「いいのよ」

マゼンタがそっと、シルクを抱きしめる。
突然の事にぱちりと目を瞬かせたシルクは、しかし涙を滲ませてその背にしがみつく。
張りつめていた物が緩んだのだろうか、泣きじゃくり始めたシルクの頭を、マゼンタの細い指が撫でる。

「あんたの言ってる事は、たぶんきっと間違ってない。
それにあたしの中にある根底は、きっとあんたの考えと近いと思うのよ」

言って、マゼンタはシルクから身体を離した。
肩にそっと手を置いて、赤く腫れあがった両目をしかと見据える。
そこに宿るのは、穏やかな愛情の光。

「だから、そうねえ……取り引きをしましょう」
「とり、ひき……?」
「そう。あたしはあんたを全力で守ってあげる。だから、あんたもあたしに協力してちょうだい。
あたしとあんた、それぞれ互いが互いを助ける。そういう取引よ。どう?」

シルクは何度か瞬きを繰り返し、それから白羽に視線を向けた。
視線がぶつかった白羽が小さく頷いて見せると、シルクはマゼンタを真っ直ぐに見つめ、頷いた。

「とりひき、する」
「ん、わかった。取引成立ね」

マゼンタの差し出した手に、シルクの手が触れる。
優しく、けれど強く交わされた握手。
それに込められた思いはきっと、等しく同じ。

「……あたし達が手を繋ぐ、その意味はきっと大きい筈だわ」

こうして彼女達の間で交わされた約束が、後にどういった結果をもたらすのか。
それは――――まだ、分からない。





「これで、みっつめ」

ぽつり、紡がれる声がひとつ。
静かに、けれど水面に広がる波紋の様に、侵食していく。

「あとは――――もうひとつだけ」

転機が訪れるまで、あともう少し。



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