第20話 分からない……


思い切って部屋を飛び出したのはいいが、朱華は何をどうしていいのか分からなかった。
相手とは初対面だし、近くに来てやっと姿がよく分かったのだが、相手は自分より年上のようで、それも男性だ。
別に契約者が皆女性だと思っていた訳でもないのだが、何だかビックリした。
女神候補者という位なのだから、候補に選ばれたのは皆女性の天使だとは思うけれど。

「……とりあえず、初めまして」

にっこり笑顔でそう言われて、急激に戸惑いが増した。
とりあえず言葉を返さなければと思うと、余計に頭が真っ白になってきた。

「あ、は、初めましてっ! 児島朱華と申しますっ!!」

妙に緊張していたせいか、声がかなり裏返っているのに自分でも気付く。
でも今更遅い。
彼はその勢いに気圧されたのか、しばらくきょとんとしていたが、穏やかな笑顔を再び見せてぺこりと頭を下げた。

「ご丁寧にどうも。俺は西野蒼斗といいます」
「あ、どもっ」

朱華も慌てて頭を下げた。
蒼斗は上空をちらり、と見上げる。

「ご覧の通りなんですが……今日は挨拶に来たみたいです、彼女」
「……みたいですね」

朱華も倣って、真っ暗な夜空を見上げた。
それほど視力は悪くないが、ふたりの姿はうっすらとしか判別が出来ない。
それだけ高い位置にいるのだろうか。

「もう少し時間、かかるみたいですね」
「そうみたいですね……」

上空のふたりと違い、契約者ふたりの会話は何とものんびりしたものだった。



「本当、女神になる気がないなんて、候補者としての名折れだわ。選ばれた方が奇跡よ」

アクアは鋭く言い放つ。
だが、マゼンタの対応は至って普通だ。

「別に、女神になってもいいけどね。あぁでもやっぱり、女神にはならないって言うか」
「どういうこと? 何を言ってるのかさっぱり分からないわ」
「あたしが女神になったら、そんなもの廃止するからよ」
「なんですって!?」

アクアが悲鳴のような声を上げた。
してやったり、とでもいうような顔をして、マゼンタは口を開く。

「あたしはハナから、女神の座に興味なんて無かった。それはあの人も承知してたはず。
ならどうしてあたしを候補者なんかに推薦したのか。それは何故だと思う?」
「それは……」

初めてアクアが動揺するような素振りを見せた。
だがそれもわずかな事で、すぐに粗を見つけたとでも言うように迫る。

「じゃあ貴方はそれが分かるっていうの?」
「んなもん、分かるわけ無いでしょう。女神にしか分かんないわよそんなモン」
「だったら!」
「でも、意図があるんでしょう。あの人は変わり者って呼ばれるくらいだもの。
今までの慣例に一切こだわらなかった女神が、あの人の他に居る?」
「それは……」
「ま、こういう状況に置かれてるのは事実だし、その中であたしはやりたいようにやるわ。
気分的には不本意だけどねえ。んー……上からの命令だから仕方なく、って感じ?」

マゼンタは涼しい顔で、しかし自信に満ち溢れた声音で言う。

「闘わないのもひとつの方法よ」
「そんなの邪道だわ」
「どうとでも言えばいいわ。頭ごなしに使命だからって決め付けてるあんたに言われても、
あたしは痛くも痒くもないし、悔しくもないしね」
「……何が言いたいの」
「別に。あんたの本心はどうなの、って聞きたいだけ。本当に女神になりたいのかどうか。
使命だからなんていう理由で目指す方が邪道じゃないかと、あたしは思うけどね」
「私がどう動こうと、それこそ勝手でしょう? 関係ないわ!」
「そうね、関係ないわよね。じゃあ、あたしが闘わないのもあんたには関係ないことね」
「…………っ!」

返す言葉を失って、アクアの表情がわずかに歪む。

「……信じられない!」

叫ぶように言って、アクアはきびすを返した。
立ち去ろうとしてふと留まり、振り向いて言う。

「覚えておく事ね。次に合う時が決着を付ける時よ」

ばさり、と羽を羽ばたかせて、アクアはその場から去っていく。
捨て台詞にも似た台詞を残して去る彼女を見送りながら、マゼンタはぽつりと呟く。

「……ホント、昔っから変わんないのねえ」

呆れるような、それでいて何処か嬉しそうな声だった。



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