第20話 分からない…… 思い切って部屋を飛び出したのはいいが、朱華は何をどうしていいのか分からなかった。 相手とは初対面だし、近くに来てやっと姿がよく分かったのだが、相手は自分より年上のようで、それも男性だ。 別に契約者が皆女性だと思っていた訳でもないのだが、何だかビックリした。 女神候補者という位なのだから、候補に選ばれたのは皆女性の天使だとは思うけれど。 「……とりあえず、初めまして」 にっこり笑顔でそう言われて、急激に戸惑いが増した。 とりあえず言葉を返さなければと思うと、余計に頭が真っ白になってきた。 「あ、は、初めましてっ! 児島朱華と申しますっ!!」 妙に緊張していたせいか、声がかなり裏返っているのに自分でも気付く。 でも今更遅い。 彼はその勢いに気圧されたのか、しばらくきょとんとしていたが、穏やかな笑顔を再び見せてぺこりと頭を下げた。 「ご丁寧にどうも。俺は西野蒼斗といいます」 「あ、どもっ」 朱華も慌てて頭を下げた。 蒼斗は上空をちらり、と見上げる。 「ご覧の通りなんですが……今日は挨拶に来たみたいです、彼女」 「……みたいですね」 朱華も倣って、真っ暗な夜空を見上げた。 それほど視力は悪くないが、ふたりの姿はうっすらとしか判別が出来ない。 それだけ高い位置にいるのだろうか。 「もう少し時間、かかるみたいですね」 「そうみたいですね……」 上空のふたりと違い、契約者ふたりの会話は何とものんびりしたものだった。 * 「本当、女神になる気がないなんて、候補者としての名折れだわ。選ばれた方が奇跡よ」 アクアは鋭く言い放つ。 だが、マゼンタの対応は至って普通だ。 「別に、女神になってもいいけどね。あぁでもやっぱり、女神にはならないって言うか」 「どういうこと? 何を言ってるのかさっぱり分からないわ」 「あたしが女神になったら、そんなもの廃止するからよ」 「なんですって!?」 アクアが悲鳴のような声を上げた。 してやったり、とでもいうような顔をして、マゼンタは口を開く。 「あたしはハナから、女神の座に興味なんて無かった。それはあの人も承知してたはず。 ならどうしてあたしを候補者なんかに推薦したのか。それは何故だと思う?」 「それは……」 初めてアクアが動揺するような素振りを見せた。 だがそれもわずかな事で、すぐに粗を見つけたとでも言うように迫る。 「じゃあ貴方はそれが分かるっていうの?」 「んなもん、分かるわけ無いでしょう。女神にしか分かんないわよそんなモン」 「だったら!」 「でも、意図があるんでしょう。あの人は変わり者って呼ばれるくらいだもの。 今までの慣例に一切こだわらなかった女神が、あの人の他に居る?」 「それは……」 「ま、こういう状況に置かれてるのは事実だし、その中であたしはやりたいようにやるわ。 気分的には不本意だけどねえ。んー……上からの命令だから仕方なく、って感じ?」 マゼンタは涼しい顔で、しかし自信に満ち溢れた声音で言う。 「闘わないのもひとつの方法よ」 「そんなの邪道だわ」 「どうとでも言えばいいわ。頭ごなしに使命だからって決め付けてるあんたに言われても、 あたしは痛くも痒くもないし、悔しくもないしね」 「……何が言いたいの」 「別に。あんたの本心はどうなの、って聞きたいだけ。本当に女神になりたいのかどうか。 使命だからなんていう理由で目指す方が邪道じゃないかと、あたしは思うけどね」 「私がどう動こうと、それこそ勝手でしょう? 関係ないわ!」 「そうね、関係ないわよね。じゃあ、あたしが闘わないのもあんたには関係ないことね」 「…………っ!」 返す言葉を失って、アクアの表情がわずかに歪む。 「……信じられない!」 叫ぶように言って、アクアはきびすを返した。 立ち去ろうとしてふと留まり、振り向いて言う。 「覚えておく事ね。次に合う時が決着を付ける時よ」 ばさり、と羽を羽ばたかせて、アクアはその場から去っていく。 捨て台詞にも似た台詞を残して去る彼女を見送りながら、マゼンタはぽつりと呟く。 「……ホント、昔っから変わんないのねえ」 呆れるような、それでいて何処か嬉しそうな声だった。 |