第19話 火と水


女神候補者として地上に降りる前、天界に居た頃からふたりの間には溝があった。
溝、と表現するにはそれほど深い事情があった訳でも無いが、
それでも何とも言いがたい間柄であったのは否めない。
マゼンタは火で、アクアは水――――ふたりはそれぞれ正反対の属性を持つ。
それを如実に表すように、ふたりの性格もまた真逆だった。
だからこそなのだろうか、ふたりの意見が噛み合わない事など、珍しくなかった。
マゼンタからしてみれば、別にいがみ合う理由など無かった。
どちらかと言えばアクアの方が、マゼンタの存在を意識している様子であった。
その理由こそ、マゼンタには分かるはずも無い。

「で、今日はわざわざ挨拶に来てくれたわけ? それはご苦労様」

ひらひらと手を振って、マゼンタは言う。
アクアの表情が、苛立ちにも似たものへと変わる。

「随分と気楽そうじゃない?」
「そりゃあもう、楽しいわよ。初めて見る物だって沢山あるし。ここで暮らすのも悪くないわ」
「……そんな心構えで他の候補者に勝てるとでも?」
「さぁ? あたしは無理にでも勝とうなんて考えて無いし、別に放棄しても良かったのよね。
あんたも知ってるでしょう? あたしが、女神になる気は無いって事くらい」

その言葉に、アクアは眉をひそめる。

「まさか、本気で言ってるとはね。そこまで貴方が馬鹿だとは思わなかったわ」
「あたしって、そこまでの言われ様なわけ?」
「当たり前でしょう?」

さらりと、アクアは受け流す。
彼女は棘を隠す事を知らない――――いや、知っていても隠す気は無いらしい。
それがマゼンタ相手ともなれば、尚更なのだろう。
アクアは、盛大な溜息を漏らした。

「頭が痛いわ。ここまで意見が合わないなんてね。……合いたくも無いけれど」
「こっちだって、同じ気分よ」
「……どういうつもり? 貴方、一体何を考えているの?」

マゼンタは、ただ微笑を浮かべるばかりだ。

「しつこいわね。まだ言うの?」
「当たり前でしょう。私達は女神への切符を与えられた、選ばれた候補者なのだから」

火と水は、相対するもの。
火を消すには水、火を消すのは容易なこと。
水を消すには火。
では、水を消すその法は――――?



BACKTOPNEXT

inserted by FC2 system