第17話 ゲームが始まる


夜風が肌に心地いい。
時折吹いてくる風が、優しく頬を撫でた。
何処かのビルの屋上。
見上げても、くすんだ空には星が見えない。
ただ月が、輝いているだけ。

「いよいよ、だね」

コンクリートの床に寝そべって、少年がぽつりと呟く。
何処にでも居るような、普通の若者。
その顔には、期待するような笑顔が見える。

「ええ、忙しくなるかも知れないわね」

乳白色の波打つ髪を風に遊ばせ、女性がぽつりと呟いた。
その傍らに立つ青年が、わずかに首を捻る。

「……見守るだけなのに?」

そんなさり気無い茶々は、あっさりと無視される。
ついでに、鋭い視線のおまけ付きだ。

「でも、真実だよねぇ」

少年が、おかしそうに笑う。
彼らがやるべきなのは、見守る事だけ。
それなのに忙しい、というのはある意味で正しくないのかも知れない。
正式に手を出さなければならないのは、例外をおいて他には無いのだから。

「……あら、皆さんお揃いで。楽しそう」

突然、そんな声がした。
三人は、揃って視線を動かす。
その視線が、人影を捉える。

――――それは、少女だった。

「…………堕ちた魔女か」
「随分な言い草だこと。ま、否定はしないけれどね」

小さく笑って、少女が言う。
吹き抜ける風が、凍るような冷たさを増した。
少年は、訪問者へと声をかける。

「とうとう始まるよ」
「あら本当……そうみたいね」
「やだねぇ、今気付いたみたいな顔しちゃってさ。自分でスタートの合図をしたくせに」

少女の笑みが、深くなる。

「そう。スタートの鐘は鳴った。あたしが鳴らした。だからこれから、ゲームが始まるの」
「ゲーム?」
「ええ、そう、ゲーム。広き世界を賭けた、大きなゲームよ」
「ゲーム、ねえ」
「的を射てるでしょう?」
「それはどうかなぁ」

くすりと笑う少女。少年も、にやりと笑って見せた。

「貴方は何処まで知ってるのかしら? 一部? それとも全部?」
「それは企業秘密。貴方が手の内を明かしてくれるなら、こちらも教えますけどね」
「ならばそれは無理というものね。潔く諦めましょう」

少女はふう、と一息吐く。

「僕が邪魔をしてあげましょうか?」

さらりと言われた言葉に、少女の表情が僅かに歪む。
彼の言わんとする事が、いまいち理解しかねる様子だ。

「どういうこと?」
「盤上の駒は揃った。ルールも定められた。あとは、遊戯者だけ。
でもゲームはひとりじゃつまらないでしょう? 競う相手が居なければ」
「だから貴方が? それは規定違反じゃないかしら」
「いいや。僕は頭数に入ってないんでね、中立なんだよ」
「…………そう」

少女は仕方ない、と言うように息を吐いた。

「ならばいいでしょう。その方が、堅実に目的への意識が募るものね」
「交渉成立」
「そんな気軽に良いのかしら? 負けたら代償は大きいかもよ?」

少年は、笑って答える。

「問題ありませんよ……これは、ただのゲームなんですから」

誰も知らない所で、物語は今始まったばかり。



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