第16話 広がる波の様に


六畳一間の空間に、沈黙が下りる。
小さなテーブルを挟んで向かい合った目の前の少女は、至って冷静だ。
ひとり慌てている蒼斗が情けなくなるくらいに。
他に行く場所が無いと言っても、いいのだろうか、これで。
この春から、蒼斗は一人暮らしを始めた訳なのだが、そこに突然、同居人が増えてしまった訳で。

――――これじゃあまるで、同棲のようではないか。

そんな事をふと考えてしまうと、戸惑いばかりが生まれる。
下手な事は考えないようにしなければ、と蒼斗は心に誓った。

「ええと……ひとつ聞きたいんだけど。君は俺以外の人間にも見えるんだよね?」
「ええ。そう解釈して貰って構わないわ」
「じゃあその翼は……」
「こんな狭い場所では邪魔になることくらい承知しているわ」

言って、アクアはふと背中の真っ白な羽を消してみせた。
忽然と消えるその様は、手品というよりも魔法に近い。

「これでいいかしら?」
「あ、うん、ありがとう」
「礼を言われる事では無いわ。それと、これは私からのお願いなのだけれど」
「うん、何?」
「服。何か別のものをいいかしら? 貴方に用意してなんて事は言わないけれど。
お金さえ貰えれば自分で探すくらいやるわ。そんな事で煩わせたくはないから」
「分かった。他には何かある?」
「生活していけば分かる事よ。不都合が出てきたら、その都度考えていけばいいわ」

何ともアバウトな返答。
しかしなるほど、確かにその通りではある。

「……分かった」

ふと降りる沈黙。
こんな状態でやっていけるのだろうかと、蒼斗は内心不安になる。

「早速で悪いのだけれど、一緒に来てもらえるかしら?」

不意に、アクアが口を開いた。

「今から?」
「ええ」
「でも、もう外も暗いけれど?」
「構わないわ。会いに行きたい人が居るの。……まぁ、会いたいと言うのは語弊があるかも知れないけれど」

言いながら、くすりと笑う。
その表情に、妙な違和感を感じた。

「もしかして、他の候補者達に?」

浮かんだ疑問を訊いてみると、アクアは無言で見返す事で肯定の意を表す。

「そうね……挨拶みたいなものかしら」

そう言って、アクアは小さく笑った。



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