第15話 新たな契約


「君は……?」
「私はアクア・イーストウォータ。女神候補の天使」
「アクア……って名前なんだね。うん、それは分かった。でも……天使?」
「そう。見れば分かるでしょう」

返答は、淡々として素っ気ない。

「うん、確かに空飛んでるというか浮かんでるしね。羽もある訳だし」
「理解出来たなら、契約して貰えないかしら? あまり悠長な事は言ってられないの」
「いや、仮に君が本当に天使だとして、まあそれはひとまず認めるとしようか。
でも、その契約とかを俺がする意味が理解出来ないんだけど」
「……仕方ないわね」

呆れたように溜息ひとつついて、アクアと名乗る天使が口を開く。

「私達の住む世界には、女神と呼ばれる王が居る。その次期候補に私達は選ばれた。
候補者は全部で四人。そして候補者達は互いに争い、勝利者ひとりが女神となる。
貴方は私の力の増幅を荷う契約者と認定された。辞退は許されない。そういう事よ」
「うん……言ってる事は分かるんだけれど、どうにも困った話だね」

何が困ったって、辞退は許されないとか言うくだりだ。
何がきっかけでこういう事に巻き込まれたのかは知らないが、
一般的にいきなりそんな事を言われて、ハイそうですかと納得できる奴は居ないはずだ。
たとえ、それが事実であっても。

「貴方との契約をし、争いの末に私が勝ったならば、貴方の願いをひとつ叶えましょう。
それが、契約者に対する私達からの礼よ。それから、ひとつ言っておくわ。
さっきも言ったけれど、貴方は私の力の増幅器のような存在。
だから、貴方が争いに直接関わる事は無い。危険にさらす真似もしないと約束するわ」

これなら文句は無いでしょう、とアクアは一気に畳みかける。
蒼斗は彼女の全ての言葉を頭の中で反芻し、理解につとめた。

「俺の日常的な生活には支障は無いんだね?」
「ええ。あくまでも協力者であり、パートナーでは無いわ」
「……なら、仕方が無いね」

我ながら、どうして納得出来るのかが不思議で仕方ない。
こんなに非現実的な事を、あっさりと受け入れているなんて。
どうやら、意外にも物事を割り切るのが異様に早いらしい。

「なら、話は早いわ。その石を貸してちょうだい」

言われるがままに、蒼斗はそれを差し出す。
長い指が青い石に触れ、彼女の手中に納まる。
小さな掌の上で輝く石に、アクアはそっと唇を寄せた。
瞬間――輝かしい青の光が、辺りを支配する。
暗闇に包まれていた辺りを青色に染め、光は膨張していく。
腕を盾にして光を遮り、蒼斗はその光景に思わず見惚れていた。
ある所まで膨張した光が突然ぱちんと弾けて、辺りに暗闇が戻ってくる。

「もういいわ。手を出して」

言われて、蒼斗は手を下ろした。
そうして言われるがままに手を差出し、そこにアクアは何かをそっと置く。
それは、腕輪の様だった。
触れると、ひんやりと冷たい。
隙間から漏れる光を受けて、はめ込まれているらしい石がきらりと光った。
さっきの青い石なのだろうか。
それを確認する程の光源は無いが、おそらくそうだろう。

「契約の証よ。肌身離さず、常に身に着けておいて」

言われるままに、腕に通してみる。
驚くほどピッタリのサイズ。

「貴方、名前は?」
「西野蒼斗」
「ニシノ・アオト……アオトね」

確かめるように呟くと、アクアはそっと目を閉じる。

「水を司りし天使、アクア・イーストウォータが盟約によりて契約の儀を執り行わん。
契約者の名はアオト――――彼の者に我が力の波を」

蒼斗に向けて差し出された掌から、光が溢れる。
その青白い光はふわりと蒼斗に向かい、そうして身体を包む。
驚き戸惑う蒼斗をよそに、光は身体の中に吸い込まれていった。

「これで契約は完了よ。これから宜しく、アオト。世話になるわね」
「世話になる……って?」
「この世界に不慣れな私に、どこで生活しろというの?」
「えーっと……」

突然増えた同居人に、蒼斗はひたすら戸惑うのだった。



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