第10話 いざ買い物へ


「ちょっと待って下さいよっ! 世話になるって……!」

マゼンタの突発的な言葉に、朱華は慌てた。
いきなり増えた同居人を、どう家族に説明しろというのか。

「大丈夫よ、大丈夫。そういう所は抜かり無いから」
「何がですか」
「追い出されるのは困るし、こっちの都合で巻き込んでるんだから、説明くらいあたしがやってあげるわよ」
「まぁそれは分かりましたけど……それより」

ちらり、とマゼンタに視線を送る。

「その羽は隠したりとか出来ないんですか? 正直、それはちょっと……」
「何よ、失礼ね。天使の象徴を邪魔だなんて」
「いや、何もそこまで言った訳じゃ」
「言ったようなモンでしょ」
「だから、その羽は……」
「仕舞う事は出来るわよ。流石に邪魔だと思う時もあるしね」
「なら、安心しました」

朱華は、ほっと一息つく。
住むのは何とかなるかも知れないが、羽なんかあったら邪魔で仕方がない。
しかし羽さえ無ければ、何とかなるだろう。

「それから服装も何とかなりません? この世界じゃ目立ち過ぎですよ」
「他に服なんて無いわよ」
「こう……ぱぱーっと変える事とか出来ないんですか」
「あのねぇ。いくら天使と言ってもね、あたしたちは魔法使いじゃないのよ」
「出来ないんですか」
「何でも出来るって思ったら大間違いなんだから」
「天使って言っても万能じゃないんだ」
「何だかそう言われると腹立つけどね」

マゼンタがむっとしたのに気付いて、朱華は急いで話題を戻した。
このまま怒りを爆発されるのは、困る。

「仕方ないから、服買いに行きましょう」

財布を手にして、朱華は言った。
自分の服を……とは思ったのだが、きっとサイズが合わないだろう。
ちらりと財布の中身を確認して、溜息。
一番安いお札が数枚だけ、そこにはある。
考えてみたが、足りなくなる可能性は充分にありえる。
朱華はこっそり溜めていたヘソクリから一万円札を引っ張り出して、財布に収めた。

「まさか、こんな事で出費するハメになるとは思わなかったな……」

呟いてみたが、今更どうしようもなかった。





ふたりは家を出て、買い物に出かけていた。
いくらなんでも、さすがにそのまま出て行くわけにはいかないと、
タンスの奥から何とか着れるものを引っ張り出して来て、マゼンタに着せている。
我が物顔で道を歩くマゼンタに、道ゆく人々が振り返り、視線を送る。
隣で歩く朱華は、恥ずかしいような惨めなような、けれど何処か誇らしいようで複雑だ。
確かに、マゼンタは人が振り返るくらいの美人だと思う。

――――黙っていれば、の話だけど。

口を開けばワガママと文句ばかりだ、なんて言いふらしたくもなる。
そんな事をする必要性は全くないのだけれど。
そんな事をぼんやり考えていると、ふとマゼンタが足を止めた。
それに気付いて、朱華も立ち止まる。

「どうかしました?」
「ねえ、ここ。ここにしましょ、シュカ」

言いながら、マゼンタは店を指差す。
そこは、巷で人気のお洒落な洋服店。
……少しばかり値が張るという、評判の。

「こ、ここはちょっと……」

戸惑いを隠せない朱華を放っておいて、マゼンタはさくさくと店に入っていく。

――――本当に人の話を聞いてない!

「ちょ、ちょっと待って下さいよっ!」

朱華は慌てて後を追う。
何だか嫌な予感がしてきた。



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