第9話 契約


「それじゃあ、契約の儀を執り行いましょ。シュカの気が変わらないうちにね」

冗談めかしてそう言うと、マゼンタは立ち上がった。
朱華の握り占めるあの赤い石に視線を落とす。

「それ、いいかしら?」
「あ、ハイ」

言われるままに、朱華は石を差し出す。
それを受け取ると、マゼンタは石に軽く口付けた。
すると突如、石が赤い光を放ち始め、朱華はその眩しさに目を細める。
光は部屋中に広がり、赤い色に染める。
もう目を開いてなんかいられなくて、朱華は腕で目を覆う。

「目、もう開いていいわよ、シュカ」

そう言葉がかかって、やっと朱華は目を開く。
その目の前に、何かが差し出される。

「……え?」

よくよく見てみると、それはペンダントだった。
さっきまでマゼンタが手にしていた石と良く似た飾りがある。
シンプルだが、可愛らしい雰囲気だ。
それを受け取って、朱華はまじまじと見つめる。

「何ですか? これ」
「契約の証よ。肌身離さず身に着けておいて。これがシュカの力をあたしに伝えてくれる役割をしてるんだから」
「……じゃあ、この赤い石って」
「ん、さっきの石よ。あたしの力のカケラ」
「ふぅん……」

朱華はペンダントを身に付けてみる。
丁度胸元のあたりに位置する石が、キラリと光った。
その石に指先を突きつけ、そっと触れる。
そうして、契約の言葉を口にする。

「炎を司りし天使、マゼンタ・サウスファイアが盟約によりて契約の儀を執り行わん。
契約者の名はシュカ――――彼の者に我が力の波を」

マゼンタの指先から光が溢れ、朱華の身体を包む。
何が起こっているかも分からず、朱華はただ呆然としていた。
光は朱華の中に吸い込まれるようにして消える。

「これで契約は終了よ」
「今のって……?」
「あたしの力をシュカに少しだけ移したの。これが契約の儀ってわけ。
これでシュカの力を借りる事が出来るっていう訳なのよ」
「ふぅん」

一段落ついたその場所に、ライムの声が割って入る。

「契約も済んだことだし、今回は僕、帰るね」
「ん、女神様に宜しく」
「天使見習いごときが会える相手じゃないって」
「あたしの使いっ走りとか言っとけば何とかなるんじゃない?」
「それはちょっと、嫌かも」
「何よソレ。光栄と思いなさいよね!」

マゼンタは咄嗟にベッド上のクッションを引っ掴み、ライムに向かって投げつける。
そんな突然の行動に、朱華が悲鳴をあげる。

「私のクッション……!」

それを上手くひらりと避けて、ライムは窓枠に手をかけた。
クッションは棚に直撃して、ぱたりと床に落ちた。
そのまま窓に乗り上げて、ひらりとライムは手を振る。

「じゃ、また来るから」
「来なくていいわよ」

ベッドの上に乗っていたもうひとつのクッションが、攻撃の餌食になった。
飛び降りようとしたライムの頭を直撃し、その反動で身体が傾く。
朱華は真っ青になった。

「ちょっと……!」
「そんなに焦らなくても大丈夫よ。もう帰ったでしょ」

慌てて窓枠に駆け寄り、下を覗いたが、確かにそこには何も無かった。
マゼンタは悠々とベッドに身体を沈める。

「んじゃ、これからあたしは此処でお世話になるから、宜しくぅ!」
「えええええーーーーッ!?」

かくして物語は、始まりの時を迎える。



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