第3話 ラッキー・デイ


近いうちに、良い事がある。
そんなお告げを貰って、朱華は内心複雑な思いでいっぱいだった。
良い事がある、と断言されて、確かに浮き足立った感覚はある。
本当なのだろうかという疑惑が嫌でも残るのだ。
そんな中、色々と考えて考え抜いて、ふと気付いた。
良い事があったらそれは間違いなくラッキーで、儀式の成功を意味している。
しかし何も無くとも、朱華には何の影響も無い気がする。
ただ、儀式が失敗に終わったらしいという推測が残るだけで。

(もう考えるのはヤメ! 今に分かる事だもん)

そう開き直って、朱華は教室へ戻った。
まだ昼食を摂っていた友人達と合流して、急ぎつつもランチタイムを満喫する。
そうしているうちに、自然と儀式の事は頭の隅に追いやられていった。
そして午後の授業。
科目は朱華の苦手とする数学で、更には教室に入るなり、担当の教師は「テストをやる」と言い出した。
完全なる抜き打ちテストだ。
教室内のブーイングの嵐も気に留めず、教師は手早くテスト用紙を配っていく。
その意志は多少の反発などでは揺るがない様だ。
確かに、生徒が嫌がるからとテストを止める教師など、存在しない筈だ。
手元に回って来た用紙をぼんやり眺め、朱華は瞳に飛び込んで来た文字列に目を丸くした。
何故だろう、今まで解釈すら出来ない数字の羅列だと思っていたものが、何を問われているのかが理解出来る。
そして、その回答も頭に浮かぶのだ。

(良い事がある、って……まさか)

そんな筈は無い、と思いながらも、真っ白な用紙に鉛筆を走らせる。
迷う事も無く、すらすらと解答欄が埋まっていく。
まるで手が勝手に動いているかの様で、これはもう奇跡としか言い様が無い。
いや、奇跡というより、儀式のお陰か。

(凄い……何だか恐いくらいだけど、でも、確かにラッキーだよね)

すっかり余った残り時間、不規則に響く筆記音をバックに、
朱華はひたすら戸惑いを浮かべるのだった。


そして放課後。
幸運は、それだけでは終わらない様だった。
普段は一緒に帰る友人がことごとく用事が出来た為、ひとりで帰る事になったのだ。
朱華だけは何を頼まれる事も無いのに、周囲の友人だけが慌しく用事に追われていく。
これが本当にあの儀式のお陰なのなら、何だか申し訳ないくらいだ。
待っていようかとも言ったのだが、皆終わる時間が定かでは無いから、と返答を貰った。
別に待つくらいどうって事は無いのだが、自分を待たせているのだと思わせるのは相手にとって良くない。
そう思って、素直に頷いた。
帰り支度を全て終わらせ、朱華はひとり帰宅する事にした。
ひとりでのんびりと帰るのは、いつ振りの事だろうか。
気さくな性格ゆえだろうか、朱華には友人が多い。
周囲には常に誰かが居り、毎日が騒がしいくらいの明るさに満ちている。
それは楽しくて、幸せな事なのだけれど、ひとりで帰るのもまた、新鮮で面白いかも知れない。
普段はおしゃべりに夢中で気付かなかった周囲の光景が、
不思議と視界に入り込んでくる。
通い慣れた校舎や、運動部が現在使用中の校庭。敷地に植えられた木々。
部活動にいそしむ生徒達の声が、校庭から聞こえて来た。
部活動に励むのも、面白かったかも知れない。
運動部の活動を見ているだけで、部活に入って青春を送るのも悪くないかな、なんて思う。
そう言いつつ、朱華の所属する魔術同好会だって、同好会という形とはいえ、一応部活動の範疇だ。
週に一度集まるかどうかの不定期活動ではあるが。
毎日通っている場所なのに、色々な事を考える。自分でも不思議だ。
いつにない雰囲気を楽しみながら校門を抜けようとして、朱華は首をひねった。

「……あれ?」

ふと地面が光った様な気がしたのだ。朱華は視線を下ろす。
その視界に入ったのは、真っ赤な色をした、ルビーにも似た半透明の石。
誰かの落とし物だろうか?
学校の正門前にこんなものが落ちている方が不自然ではあるが、落し物でも無ければ此処にある方が不思議だ。
それが宝石を思わせる輝きを放っているのなら、尚更。
朱華はそれを拾い上げ、太陽に向かって透かし見た。石は光を反射して、きらりと光る。

「……何だろ、コレ」

思えば、全てはここから始まっていたのかも知れない。



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