第2話 陽の下での儀式


昼休みになると、朱華は急いで屋上へと向かった。
普段は共に昼食を摂っている友人達にしっかりと断りを入れて、チャイムと同時に教室を飛び出す。
屋上へ続く階段を飛ばし飛ばして駆け上がり、勢い良く扉を押すと、すっかり準備を終えていたらしい紫の姿が見えた。
相変わらず、素早い人だ。
それはもう、謎の範疇と言ってもいい気がする。

「会長、早すぎますよ」

ここまで来ると、もうどうでも良いような気がしてくる。
しかしそこは律儀に突っ込んで、朱華は彼女の横まで歩み寄った。
その足元にはチョークらしき白い粉で円形の模様が書いてある。
これが噂に聞く、魔方陣というものだろうか。

「……すごいですね」

その緻密な紋様に思わず魅入りながら、朱華は呟いた。
紫がやんわりと微笑む。

「急かすようで何だけれど、始めましょうか。
じゃないと、お昼ご飯も食べられないでしょう?」
「あ、ですね」

言われて、気付いた。
儀式に気持ちが向きすぎていて、すっかり忘れていた。
そうしてもうひとつ、重大な事にも気付いたのだ。

「あの、会長。そう言えばこれって何の儀式なんです?」
「それはこれからのお楽しみよ、朱華ちゃん」

含みのある笑顔で言われて、朱華はそうですか、と答える他に選択肢はなかった。

「さ、朱華ちゃんは向こうに立って」
「あ、はいっ」

言われるがままに対面方向へ向かう。
指示通りに立ち位置を調整し、OKサインが出されると、いよいよ緊張の一瞬が訪れる。

「今回の儀式は簡単よ。あたしが言う言葉を、朱華ちゃんは復唱してね」
「分かりました!」

緊張が高まる。
胸がドキドキと鳴って、頭にまで鼓動が響く。
期待と好奇心と、そして僅かな不安が、一緒くたになって押し寄せてくる。
不思議な気持ちだ。

「じゃあ、いくわよ――――」

その一言を合図に、儀式は開かれた。
荘厳とも言うべき凛とした空気が、辺りに立ち込めていく。
ヒリヒリする様な空気に、朱華は思わず身を竦ませた。

「煌く光、たゆたう潤い、遥かな空気、底なし闇」

紫の口から、呪文らしき言葉が発せられた。
朱華は言われた通りに復唱する。

「季節は巡り、時は巡り、扉開きて宿命招く」

床に描かれた紋様から光が上がり、朱華は目を見開く。

「天と地とに裂け目無く、我が声彼方に響き届かん」

光は天高く舞い上がり、遥か天を目指して高く高く昇っていく。
その光は太陽の光を浴びて、より強く、神々しく輝いて見えた。

「天と地とに裂け目無く、我が声彼方に響き届かん」

最後の復唱が終わると、光は天に吸い込まれる様にして消えていった。

「すごい……」

朱華は思わず呟く。紫が小さく微笑んだ。

「どう? 朱華ちゃん。初めての儀式の感想は」
「すっごいです! 足元から光がぱあって出てきて、すっごく綺麗で……何だか感動しちゃいました!」
「それは良かったわ」
「でも、これって結局何の儀式だったんですか?」

これからのお楽しみ、と言われたのものの、
儀式を終えた今でも何かが変わった気配は無い。
どうにも気になって、同じ問いを繰り返した。

「目に見える物じゃないわ。効果は後で分かるけれど……簡単に言えば、幸せを呼ぶ魔術、かしら?」
「幸せを呼ぶ、魔術?」

そんなものが存在するのだろうか。
そう疑問に思ったが、紫が言うのだから間違いないのだろう、きっと。

「そう。近いうちに、きっと良い事あるから」

そんな曖昧な言葉に、朱華はただ首を傾げるだけであった。



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