第1話 自称普通の女の子


通い慣れた通学路を、児島朱華は走っていた。
時刻は七時を少し過ぎた頃で、始業時間にはまだ一時間弱の余裕がある。
ならば何故そんなにも急ぐのかと言えば、待ち合わせをしているから、である。
彼女の所属する同好会を取り纏める会長が、
今朝の七時半までにクラブ棟まで来るように、と通達していたのだ。
朝練など必要ないインドアの同好会で、形成する部員は会長と朱華のふたりだけ。
それなのに何故こういう形で呼び出すのか、とは思ったが、言われたままに従う。
会長の言は絶対、とでも言うべき暗黙の了解が、そこにあるからだ。
因みに、その同好会の名は――――黒魔術同好会。
怪しすぎるその名称に、誰も寄り付かないのが現状だ。
構成員が二名という時点で、充分な快挙とも言えるのかも知れない。
往く手に、校舎が見えてきた。
腕に嵌めた時計の針は、まだ時間が残されている事を示していた。
遅刻、という事にはならないだろう。
人のまばらな校門を抜け、校舎の裏に回る。
体育館にほど近い、二階建ての少々古い建物がクラブ棟だ。
朱華はスピードを緩める事無く、その目的地まで走った。
漸く辿り着いた所で、時計に目を遣る。
時刻は七時二十分。
辺りに人の姿は無く、どうやら会長より先に到着した様だ。

「間に合った……」

ほっと安堵の息を吐いたその瞬間、声が降って来た。

「時間には、ね。でもあたしより早くは来れなかったみたいだけれど」
「ふえっ?」

気の抜けた声を上げて、朱華は辺りを見回す。
呆れる様な、それでいて何処か楽しそうな声が耳に届いた。

「上よ、上」
「…………うえ?」

言葉の通りに顔を上げると、クラブ棟二階の外廊下から、
手摺りに身体を預ける様にして身を乗り出している少女の姿が目に入った。

「会長! 上で待ってるなんて酷いですよ」
「ふふ。だって、朱華ちゃんからかうと面白いんだもの」

抗議の声をぶつける朱華に、少女は笑う。
彼女は品川紫、朱華のひとつ上の高校三年生で、黒魔術同好会の会長だ。

「人で遊ばないで下さいよ!」
「そうね、ごめんなさい。そんな事より朱華ちゃん、上がってらっしゃいな」
「……分かりました」

言われるがままに、階段へと向かう。
軽く踏み込んだだけで、金属の軋む音が聞こえた。
倒壊する前に、早く建て直すべきだと思う。
室内活動中にクラブ棟が崩壊でもしたら、洒落にならない。

「いらっしゃい」

朱華が彼女の隣までやって来ると、小さく笑って紫が言った。
妙に楽しそうだ。
朱華は湧き上がる疑問を口にした。

「会長、どうしたんです? 朝早くから呼び出したりして。何かあったんですか?」
「うん、ちょっとね。大した事じゃないんだけれど」

苦笑とも取れる笑みを浮かべて、紫は言う。

「あたし達、こんな同好会のメンバーな訳だけど、
実際に儀式めいた事をやってないな、と思って」
「確かに、そうですね」

朱華はなるほど、と頷く。
いつも活動と言ったら黒魔術に詳しいという会長のレクチャーを受けるばかりで、儀式もどきすらも行なった事は無い。
黒魔術同好会とは名ばかりで、実際は大した事はしていないのである。

「だから、思い切って一回チャレンジしてみようかと思って」
「……もしかして、今からやるんですか!?」
「まさか。準備があるでしょう? 朱華ちゃん、今日の昼休みは空いてるかしら?」
「ええっと、はい。別に用事は無いですけど」

記憶を頼りに、そう答える。
紫が、安心した様に微笑んだ。

「そう、良かったわ。じゃあ今日の昼休みに屋上で、決行しましょうか」

突然の言葉に、朱華は目を丸くした。それはあまりにも意外だったのだ。

「でも、普通儀式って夜にやるものじゃ」
「あら、そうでもないのよ。儀式にだって種類があるの。
相応しい時刻や季節なんかがあるんだから」
「へぇ……」

興味があるとは言え、朱華はまだ大して黒魔術を知らない素人だ。
紫の言葉に、感心した様に頷くばかりだった。

「今日やろうと思うのは、昼間が相応しいの。太陽が高く昇る、お昼時が一番良いのよ。
今日は晴天の良い日だから、丁度いいわね」
「そうなんですか」

思わず、空を仰ぐ。
東の方向に見える太陽は、既に眩しい程に輝いている。

「簡単な準備はあたしが済ませておくから。楽しみにしてて」
「はい、もちろん! 昼休みに屋上、ですね」

確認するように言うと、その通り、と返事が返って来る。
初めて挑む儀式に思いを馳せて、朱華は胸を躍らせていた。



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