第37話 契約成立


夕焼けが、窓の外に広がっていた。
それをぼんやりと眺めながら、黒花は先日の出来事を思い出していた。
突如現れた――――天使。
そんなものが存在するとは、にわかに信じ難かったが。
でもこの目で見てしまったのだ。
夢では無いかとも思ったのだが、どうやらそれも違うようだ。
黒花は視線を移動させる。
机の上には先日窓から投げ捨てたはずの石があった。
取りに行くような真似はしていない。
何故なら必要とされる場合以外、黒花は部屋を出ないからだ。
学校にも行っていない。
誰にも干渉される事を嫌い、家族とさえ接触を遮断しているはずなのに。
それなのに。
どうしてあの天使の存在がこんなにも気になるのだろう。
どうして心が波打つのか、黒花には分からない。
分からず、ただどうしていいのか分からなくなる。

「心は決まったか?」
「…………っ!」

不意に耳に入った声に、黒花は振り返った。
窓枠に腰掛ける様にして、先日やって来た天使がこちらを見ている。
再び姿を現した彼女に僅かながらでも喜びを感じた自分に気付き、黒花は慌ててその感情を押しこめる。
どうかしている、自分は。

「まだ呼んだ覚えは無いわよ。答えが出たら呼べと言ったのはそっちじゃない」
「……確かにな」

言って、シルヴァーは口の端に笑みを浮かべる。

「さて、どうする? まだ悩むか?」
「…………」

答えが出せずに、黒花は押し黙る。

「その石、手元に戻って来ただろう。何故だか分かるか?」
「知らないわよ、そんなの」
「それは私の力の一部を集約されている。契約者となるべき人間以外には見る事も出来ない。
つまり、それが見えるという時点でお前は契約者としての素質を持っているという事だ。
そして契約の儀を執り行わない限り、それは何度でも手元に戻って来る」
「何よそれ! 横暴だわ」
「だが契約者を探し出す事は我々にとって重要な事だ。
契約を交わさない事には闘いも始められないからな」

つらつらと語られる説明に、黒花は爆発する。
もうこの際何でもアリだ、どうにでもなれ。

「ああもう、契約すれば良いんでしょう!?」
「それでいい」

シルヴァーは笑うと、身軽な動作で部屋の中に降り立った。

「お前、名は?」
「……黒花よ」
「そう、コッカか。ではコッカ、その石を」

言われるがまま、黒花は石を手に取り差し出した。
それを受け取ると、シルヴァーは黒い石に口づけをした。
すると黒い光が溢れて石を包み、そして部屋までも包み込んでいく。
そうして部屋に充満した光が、一瞬でぱちんと弾けた。
その時にはすでに、シルヴァーの手にあったはずの石は姿を変えていた。

「これは契約の証。肌身離さずよう、身につけていて欲しい」

言って、シルヴァーは小さなイヤリングを差し出した。
先日黒花が窓から投げ捨てた、あの石に似た真っ黒な石がはめ込まれている。
黒花は無言でそれを受け取った。
しばらく掌のイヤリングを眺めたあと、静かにそれを耳に飾った。
それを見届けたシルヴァーが、そっと目蓋を閉じた。
黒花に向けて掌を向け、契約の言葉を口にする。

「大地を司りし天使、シルヴァー・ノースアースが盟約によりて契約の儀を執り行わん。
契約者の名はコッカ――――彼の者に我が力の波を」

掌から、光が溢れる。
黒と白が混ざり合った様な、不思議な色の光。
それが黒花の体を包み込み、輝きを増した。
眩しさに目を細めた黒花は、その光が自分の中に吸い込まれていくのを目にする。
そうしてすべての光が収束すると、シルヴァーは目を開けた。

「これで契約は完了した。後は勝手にやらせて貰う」
「そう。ご自由にどうぞ」

言って、黒花は視線を外す。

「貴方、これからどうするの?」
「何がだ」
「別に。ただ訊いただけよ」
「……そうか」
「たまには報告しなさいよね。幾ら何もする必要が無いと言っても、状況くらいは知っておきたいわ」
「分かった。善処しよう」

窓の外では、変わらぬ夕焼けが広がっていた。



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