第13話 ピンチ脱出


玄関のドアを開けるのが、恐かった。
ふたりが家を出た時には、母親は夕飯の買い物で留守だった。
しかしもう帰ってきてもいい頃だろう。
出かける事はメモに書いて残してきたので、まあいい。
問題は――――もちろん、マゼンタの件だ。

「何してるのよ、シュカ。早く入りましょ」
「でもでも、説明の言葉が浮かばなくて」
「大丈夫よ、そんなの。あたしに任せろって言ったでしょ」

確かに、説明も説得も自身でやってやると言ってた気もするが……大丈夫だろうか。
そう思うと心配で、やっぱり戸惑う。

「もう、スパッと割り切りなさいよ。じゃないと他の奴らにも負けるわよ?」

そんな事を堂々と言ってのけて、マゼンタはぐるりと玄関のノブを回した。
こうなってしまっては仕方が無いと、朱華は諦めて玄関に入る。
きっと夕飯の支度をしているだろうとキッチンを覗けば、案の定母親の姿。
声をかけるタイミングをどうしようかと迷っているうちに、とうの母親が朱華に気付いた。

「あら、朱華ちゃん。お帰りなさい。随分と大荷物ねえ」

のほほんとした性格の母は、にっこり笑ってそう言う。

「うん、ただいま。あのね、お母さん」
「なぁに?」
「あの、この人なんだけれど……」

言いながら、マゼンタにちらりと視線を送る。
それに倣って視線を動かした母の表情が、驚きに変わる。

「マゼンタちゃんじゃないの……!」
「ええっ!?」

母の口から出るはずの無い名詞に、朱華の方が驚いた。

(何コレ、どういう事なわけ!?)

頭の中はもう、パニック状態だ。
どうして母親がマゼンタの名前を知っているんだろう?
そんなはずは無いのに。ある訳が無いのに!

「会うのは本当に久し振りよね。すっかり変わっちゃって……見違えたわ。
久し振りの日本はどう? いろいろ変わっちゃってるでしょう?」
「まぁね。でも楽しいけど」

――――会話、成立してるー!

と、そこで気付いた。
さっき紫に対しての言い訳と、同じ設定である事に。

(まさか……)

どういうことなんだと、マゼンタに視線を送る。
すると彼女は、楽しげにブイサインを送ってきた。
きっと、彼女の仕業なのだろう。
あの自信は、こういう事だったのだと気付いて、朱華は小さく溜息をつく。
確かに、無駄な説明も嘘も吐かなくて済んだけれど。
こういうところは、ちゃっかりしていて抜け目が無いようだ。



「どうかしたんですか?」

部屋に戻ってからというものの黙り込んでいるマゼンタに、朱華は疑問をぶつける。
ついさっきまでうるさいくらいだった彼女が静かだなんて、気味が悪い。

「別に、何でもないわよ。これからどーしよっかなーなんて考えてただけ」

さらりとした答えだけが返ってきた。

「あんまり勝手な事だけはしないで下さいねっ! 特に学校で居ない時とか!!」
「ハイハイ、分かってるわよ。あんまり怒ると、シワ増えるわよ?」
「誰のせいだと思ってるんですかー!!」

……彼女がいる限り、どうやら心休まる暇は無さそうだ。





「まずは、ひとつ」

何処かで静かに、ゆるやかに言葉は紡がれている。
その言葉の意味も、目的も、まだ誰も知らない。



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