第5話 天使と呼ばれる者


「いい? 一回しか言わないから、よーっく聞きなさいよ」

そう念を押されて、朱華は頷く以外出来なかった。
何とも強引な人だ。
とことん自分を中心に話を進めていく。
これを紛れも無く「自己中」と言うのだろうな、なんて思った。
彼女はベッドの上にどっかりと腰を下ろし、我が物顔で説明を始める。

「何から話したら言いのかしらねぇ……そうね、まずは素性からかしら。
さっきも言ったと思うけど、あたしは女神候補の天使、マゼンタ・サウスファイア。
女神候補者は契約者を探して協力を仰ぎ、他の候補者に勝たなければならない。
とまぁ、そういう規定になっている訳よ」
「で……その協力者が私だって言うの?」
「そうそう。物分りが良くて助かるわー」

とても嬉しそうに、そう言う。
朱華にしてみれば、いい迷惑、と言ったところだろうか。
突然表れて協力しろ、だなんて言われても困るに決まっている。
ハイ分かりました、なんて素直に引き受ける人が居たら、
相当のお人好しか馬鹿正直か……ともかく、普通はありえないハズだ、きっと。
もちろん、朱華は普通の感性である。

「いきなりそんな事言われても無理です、他あたって下さい」

と、すぐさま突っ撥ねた。
けれど、返って来たのは信じられない言葉。

「駄目よ、後戻りはきかないもの」
「…………え?」

思わず、間の抜けた声が上がる。
天使――――マゼンタは、細い指先をびしっと突きつけて、言った。
その指先にあるものは、朱華の掌の中にあるあの真っ赤な石。

「それで、あんたはあたしを呼んだの。そりゃ偶然だったかも知れないけど。
あたしは、あんたに召喚されて此処に来たんだもの。間違いなく、ね。
女神候補者は、契約者に呼ばれて初めて姿を現す。あたし達が選ぶんじゃないのよ」
「でも私、何もしてないけど……」
「その石はあたしの力のカケラ。契約者に相応しい人物じゃないと見る事も出来ない。
そしてあたしは火を司る天使なのよ」
「やっぱり話が見えない……」
「その石、太陽の光に当ててたでしょう?」

キッパリと、彼女はそう言った。
そう問われると、いけなかったのだろうか、などという予感が浮かぶ。

「そうすると、綺麗だったから……」
「それが問題なのよ。さっきも言ったけど、これはあたしの力。
つまりは、火を司る石っていうこと。火……というかこの場合熱ね。
力のカケラにその司る源を注ぎ込めば、召喚の合図って言うわけ。単純でしょう?」
「そんなのむちゃくちゃですよ!」
「何を言ってももう遅いの。これも運命だと思って素直に受け入れたらどう?
あたしを此処へ呼んでしまった以上、正式に契約者となるしか選択肢は無いのよ」

そんな事があっていいのだろうか。
いくらなんでも強引過ぎる――――彼女自身もそうだが、その規約とやらも、だ。
とことん優しくない。
引き込んでしまえばこっちのもんだ、なんて考えじゃないだろうか?
朱華はひたすら頭を悩ませる。

――――と。

「あー居た居た。ホントに召喚されたんだ、マゼンタ姉」

不意に、声が聞こえた。
反射的に、視線を声のした方向へと移動させる。
そこは窓……の、外。
窓枠に手を掛けてひょっこりと顔を出している、緑の髪の少年がそこに居る。
朱華の部屋は2階、そして窓の向こうにはベランダなんていう物は無い。
つまりは天使、という事なのだろう、ほぼ確実に。

――――また出てきた。

それが、咄嗟に浮かんできた感想。

「……ライム!」

驚いた様子で、マゼンタが声を上げた。
どうやらふたりは顔見知りの様だ。
と、なれば、考え付くのはたったひとつ。

(この子も関係者なんだろうなぁ……)

朱華は、頭痛を覚えた。



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